9-3 元カノからの置き手紙
今、「異世界」というところから一時帰宅して、この手紙を書いている。
君がこれを読んでいるということは、うちの猫が気まぐれを起こしたんだね。
あの子がいつか気まぐれを起こすだろうとは踏んでいたんだ。
結論から言うと、君もよく知っているココナちゃんという女の子に頼まれて、私は「勇者」をやることにした。
女性でも構わないということだったからね。
身の回りの人には長期の海外旅行と言ってある。
仕事は今、個人でアプリの開発をしていて、ちょうど大きな案件が一つ片付いたところだったんだ。
しかしココナちゃんはかわいいね。
あんな子にお願いされて引き受けなかったなんて、君の神経を疑うよ。
でも、考えてみれば私は君の「好みのタイプ」を知らないや。
私のことは別に「好み」ではなかったんだろう?
付き合っている間、一度も褒めてくれなかったものね。(根に持っているわけではあるんだ)
あちらの世界は……そうだねえ。
君ぐらいゲームに通じていれば「そういうやつね」で済む話がきっと相当あって、住民の皆さんとしてもそのほうが助かるんだろうけど、私には何もかも新鮮で結構楽しいよ。
手から火が出たり地面から動物が出たりする。
念じたところに雷を落とすこともできる。
それを相手にぶつけることにはやっぱり抵抗があるんだけど、侵略行為を黙って見過ごせるほど達観してはいないから、この世界のためにできるだけのことをやってみるよ。
ところで、杉原君。
実は私、ずっと君に謝りたいと思っていたんだ。
私の考えは、どこまでも私の考えに過ぎないんだよ。
絶対の物差しじゃない。
当然そんなこと理屈としてはおわかりだよね。
でも、君を小説の世界に引き込んだのは私だし、正直言って私は君をワタシ色に染めようとしていたし、私の価値観は君が自覚する以上に、君を侵食し、束縛していると思う。
せっかく商業ベースに乗るチャンスをつかんだのに、元カノの幻影に振り回されちゃたまらないよね。
忘れてよ、私のことは。
売れるために私の承認を得る必要はない。
『竜人族の代々の長』を読んで、私の幻影が足を引っ張っているなと感じるところがそこかしこにあったんだ。
もっと自由に書いたらいい。
歩道橋で偶然再会した日、君に伝えた感想はウソじゃないけど、あくまでも一個人の意見なんだよ。
何の縁もなければ私は買いすらしなかったはずなんだから、ほとんど無視して構わないんだ。
小説をめぐって君と対立したこと自体は、少しも後悔していない。
でも、君の(ある意味での)素直さに、私は配慮できていなかった。
もう一度言うよ。
私のことは忘れて。
杉原君がプロの作家として成功することを祈ってる。
君が私の手を離れて名声を得ることは正直複雑な気持ちではあるけど(笑)、その中には確かに喜びも含まれているんだ。
それじゃあいっちょ勇者としてがんばってきます。
と言っても、慣れてしまうと申し訳ないぐらい楽勝なんだけどね。
魔王軍がボウリングのピンだとすれば私は玉。
現実のカレンダーでいうところの年末か年明けぐらいには魔王を倒せるんじゃないかと思う。
帰ったら土産話をしに行くよ。
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