8-2 路線変更を指示された

「ヒロインを増やしてほしい」

「……?」

 山田さんの言うことがあまりに唐突で、俺は返事をするのを忘れていた。

「最低でも3人に。それから、少なくとも1人は序盤、いや、冒頭から登場させてほしい」

「……」

「急な話で戸惑うとは思うけど」

「えっと……それは、何のために、ですか?」

 山田さんは真剣な顔で、

「有り体に言うね」

 と、組んだ両手をテーブルに置いた。

「会社の方針だ」

 会社の方針。今までもずっとそうだったはず。わざわざ言うのは、山田さん的にもいくらか不本意だからだろう。汲んでほしいという意思を受信した。

「名前はまだ出せないんだけど、この世界ではかなり有名な絵師さんが付いてくれるかもしれないんだ。あの人が新人作家に付くことは滅多にない」

「その人の絵を活かすために、ヒロインを増やせってことですか」

「そうだ」

「……」

「君ならわかってると思う。新参のライトノベルが売れるかどうかはイラストで決まる。内容にどれだけこだわりがあっても、表紙のイラストで興味を引かなきゃ手に取ってすらもらえない」

「増やすっていうのは、ただ出すだけじゃなくて、ハーレムにしろってことですよね」

「そう」

「しかも、修行パートをカットするんですから、要は『チーレム』にしていけってことですよね」

「そういうことになる」

 あっさり手に入る反則級の強さ「チート」+女の子にモテまくる「ハーレム」、二つ合わせて「チーレム」という。現状、最も安定した売れ筋。チーレムを書くのにも腕が要るとは言え。

「こういうことはタイミングなんだ。絵師さんがその気になってるうちに、繋がりを作っておきたい」

「チーレムじゃないことに価値がある、っていうつもりでいたんですけど。一応」

「うん。僕のほうでもそのつもりだった」

「……」

「杉原君、これだけはわかってほしい。会社の方針っていうのもあるけど、君自身のためでもあるんだ。とにかく売れなきゃ話にならない。前にも言ったよね。アルバム曲を聴いてもらうには、まずシングルがヒットしないといけないんだ」

 チートに寄せるのはまだいい。

 ハーレムは、どうなんだ。俺はこれまでハーレム展開は意識的に遠ざけていた。

 異世界でチートでハーレム。それが一番売れるというのはわかる。表紙が重要だということも。

「……描いてくれる『かもしれない』っていうのは?」

「原稿を見て考えてもらうっていう話になってる」

「じゃあ、その絵師さん向けの原稿は新しく用意して、話が流れたら元通りの原稿で行けば……」

「いや、そういうわけにもいかないんだよ。今はレーベルとしての個性を出すより、流行りに乗ろうっていう方針になったんだ」

「……」

「ネットの掲示板とかSNSじゃ、『異世界チーレムはもういいよ』っていう声が目立つよね。でもあれは市場の声と一致しない。わざわざケチをつける人より、素直に楽しんでる人のほうがずっと多いんだ。売れ行きがそれを証明してる」

「……」

「売れるものを書こうよ。流行りに乗っかっても、君の個性は必ず出る」

 考えさせてください――と言いたかったけれど、きっともうそんな段階じゃない。イエスかノーかだ。従わなければ、俺は切られる。

(結局、会社の人なんだ)

 非テンプレで勝負したがる面倒くさい新人を応援してくれているものと信じていた。いや、実際、応援してくれてはいるのだろう。でも結局のところ、山田さんは俺の意志より会社の方針を大事にしている。

 身勝手この上ないとは承知の上で、完全無欠のダンディとして憧れていた山田さんのことが、急激にただのオッサンに見えてきた。

 気持ちが荒んでいく。頭の中がカラカラに乾いて、ヒビが入り、何かの骸が転がる。

「……やってみます」

 ほとんど自動送信という感じで、その言葉が俺の口から出ていた。

「ありがとう! 大丈夫だよ。杉原君の文体はわりと上の年齢層にウケる。テンプレでファンをつかんでから好きなものを書いていこう。それで、具体的にどんなヒロインを増やすかだけど……」

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