7-4 心に穴が空いたまま
その日以来、本当にココナは姿を消した。
喫茶「らんたん」で見かけなくなり、「こよみブックス西池袋店」にも来なくなった。
これでよかったはすだ。俺はずっと異世界への逃避を否定していたし、仕事もある。
迷惑だった。諦めてくれて助かった。
(ウソつけ)
正直、俺は探している。明け方の町。桜木町で。向かいのホーム。路地裏の窓。そんなとこにいるはずもないのに。
家にいる間はずっとチャイムが鳴るのを待っている。
俺はどうやら、ココナがつきまとってくる状況がいつまでも続けばいいと思っていたらしい。続く、とも。
自分以外の勇者候補を本気で探していなかったことにも、現状維持を望む気持ちが表れていた。
いつでも逃げ込める。
「しょうがない、わかったよ」
と言えば、
「ありがとうございます勇者様!」
と、俺が主役になれる世界へ連れていってもらえる。そんな「保険」のついた状況を享受していた。
コマンド画面を封印していないのも、あちらの世界との繋がりをまだ保っていたいからだ。
情けない。異世界モノの流行はバカにしていたくせに、なんてザマだ。
話し相手がいない。こういう話ができる友達が俺にはいない。
仕事にぶつけようとする。できなくはない。
なんとなく、読書をする。それなりにやれる。
なんとなく、ツイッターを開く。モヤモヤをポエムにしてつぶやくのもかまってちゃんみたいだから、孤独そうな人を見つけてはファボして、ごくごく浅いところで苦しみを共有する。
今までろくにしていなかった料理を突然始めてみる。食材の買い方が下手くそだから余計に金がかかる。
百合っぽいアニメを見て癒される。
そんなこんなで、孤独を受け入れ、状況に溶け込んで、日常を維持していく。
「行っときゃよかったな」
と、青年海外協力隊のニュースが目に入ってきた時、俺は独り言を口にした。
現実世界でも大きな問題が山積みだ。日々、戦争で大勢の人が死ぬ。貧困で、災害で、環境汚染で。難民として、あるいは反逆者、病人、失業者、孤児として、明日の命があるかもわからない人間が数え切れないほどいる。よそから見ればこの世界は滅びかけているようにすら見えるかもしれない。
だから異世界の危機を救っている場合ではないとも言えるけれど、俺に救うことができたなら、そうしておけばよかった。
「ただ助けを求めてる」
リズはそう結論づけていた。
チート能力で無双して感謝されまくるなんて現実的じゃない。でも、つまらない意地を張って救えるものを救えなかった俺は、人間的じゃなかった。
後悔していることを声に出してしまうと、少し楽になった。たとえ独り言でも。東京の片隅、からっ風の吹く夜、スーパーで買ってきたレンチンの一人用鍋をつつきながらこぼした一言でも。
そんな風にして、ココナがいなくなってから1ヶ月ほどは、執筆に支障をきたすことなく生活することができた。
新作『異世界で貧民の子として生まれ大将軍にまで成り上がる』は、物語の中盤に差し掛かろうとしていた。
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