7-3 美少女がもう一人やって来た
シャワーを浴びても敗北感は洗い流されず、精神的に満身創痍でそそくさとスポーツジムをあとにした。落ち武者さながらである。
自分の肉体美やパワーを見せびらかすのは別にいい。たぶん、ジムとはそういう場所でもある。けれど、あんな風につきまとうのはどう考えてもマナー違反だ。
係員に訴えるべきだったかもしれない。が、
「あの美人が僕のこと付け回すんです」
そんな情けないこと言えない。俺の勘違いだったということも一応あり得る。
(くそおおお)
脂肪を燃やしに行ったはずが、ストレスを溜めて帰ってきてしまった。美女に集中を乱されたからきっと脂肪はほとんど燃えていない。
ちくしょうめと思いながら、コンビニで買ってきた蒸し鶏のサラダをわしわしと食っていると、
ピンポーン
チャイムが鳴った。
時刻は昼の一時過ぎ。何だろう。
ガチャ
「よぅ」
と、横柄な口調で言う細身の美女は、まさに先ほどジムで俺にからんできたクールビューティーであった。
(てめえ、さっきはよくも!)
という気持ちだが、腕力の差をまざまざと見せつけられていたので強気に出られない。腕力とはそういうものである。
ドアの陰から、
「こんにちは~」
と、ココナが顔を出した。
ん? 何だ、つまり、このビューティーも異世界の住人ってことか?
「こいつで間違いないんだよな?」
と、ビューティー。
「うん……」
と、ココナ。
「おい、勇者候補」
ビューティーはどこまでも態度が悪い。
「来るのか来ないのかハッキリしろ」
ビューティーの名はリズ・フォン・マクノート。ココナの幼なじみということであった。ジムではずいぶん大人びて見えたが、改めて見るとあどけなさが残っていた。
玄関先じゃなんだからということで、とりあえず部屋である。ココナははちみつレモン。俺は飲みかけだったコーヒー。リズはストイックに水を飲んでいる。
「で、どうすんだ?」
と、リズが俺に言った。
「だからさリズちゃん、そんなグイグイ行っても勇者様お困りだよ」
と、ココナ。
「あんたがタラタラやってからあたしがグイグイやりに来たんでしようが」
「そうなんだけど……」
「こんなに時間かかるなら強制連行のほうがまだマシだよ」
「あれは禁止になったじゃん。無理やり連れてきて私たちのために戦わせるなんておかしいよ」
「まぁこないだのクズイみたいに使えないパターンも多いしな」
「だからやっぱり、勇者様には納得して来ていただかないと」
「気長に説得してる間に世界が滅びたらどうすんの?」
「うう」
「駄目なら駄目でとっとと次行こうよ」
「……」
「質問が」
と、俺は挙手しながら言った。
「何だ?」
と、リズが応じた。
「やっぱり俺じゃなくても勇者はやれるんだな?」
「ああ」
リズは肯定したが、
「違うよお~」
ココナは否定した。
どっちなんだ。
「クズイの例でもうわかっただろ。どうしてもあんたでなきゃいけないってわけじゃない」
「じゃあなんでココナは俺にこだわるんだ?」
「本人に訊け」
「本人からは占いの結果だとしか訊いてない」
「本人がそれしか言わないならそういうこった」
「……」
ココナは何か言いたげな顔で黙っている。どうも事情がありそうだが、それはあちらの世界共通のものではなく、少なくともリズには無関係らしい。
「とにかく」
と、リズが仕切り直すように言った。
「あたしが訊きたいのは、あんたに来る気があるのかどうかってことだ」
ない――と、この時即答してしまえばよかったのかもしれない。そうできなかったことが、後々しこりとなった。
「もうココナからさんざん聞いてるだろうけど、念のためあたしからも言う。こっちの世界に来れば、スミノフ粒子の濃度差で、あんたはいきなりバカみたいに強くなれる。強力な魔法もバンバン使えるし、運動能力もスキルでドーピングできる。300キロのアブドミナルも余裕でこなせるだろう。要するに、無双できる。だからめっちゃ感謝される。女の子なんてよりどりみどりだ」
「そのあたりはあんまり魅力だと思わないんだ」
「どうもそうらしいな。つまりあたしたちは今、ただ助けを求めてる。見返りはない」
「……」
「助けてくれないなら仕方ない。あんたにもあんたの生活がある。無理強いはできない」
「今、行くつもりは、ない」
俺はそう答えた。
「わかった。いつかじゃ困るんだ。あんたが来てくれないなら、他を当たる」
そうしてくれるとありがたい。そのはずだったが。
「邪魔して悪かったな。コマンド画面を封印したい時は、画面の右上の角を『長押し』すればいい。それで全部元通りになる」
「わかった」
「じゃあ、もう行こう、ココナ。今回は失敗だ。他の勇者を探しに行こう」
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