7-2 見知らぬ美人に挑まれた
いつものパターンでタイミングよくココナが現れるのだろうと思っていたが、その日はそんなことなかった。代わりに(?)、ものすっごい美人がいた。
目を奪われていたのは俺だけではない。その空間で明らかに目立っている。
胸まで届くツヤツヤの黒髪。常に何かに挑んでいるような鋭い目。ツンとした小さな鼻と引き締まった口もと。
「くっ……殺せ!」
そんなセリフが似合うクールビューティーであった。
スタイルも完璧である。すらりと伸びた手足、薄い腹。あれ以上どこを絞ろうというのだろうか。あのレベルになると維持も大変なのだろうか。
彼女はイヤホンを耳にはめ、クロストレーナーと呼ばれるマシンを使用していた。
モデルさんかな……と、観察している場合ではない。俺は自分のたるんだ腹を引き締めに来たのである。
腹だけでなく、できれば全身を改革したい。健全な身体に健全な精神を宿して、青年社長のように成功したい。世間からちやほやされたい。
そんな邪なやる気はあるのだが、どのマシンも初めてなので、とりあえず他人様が使っているところを見て学ぶ。
ラットプルダウンというマシンがあった。頭上にあるバーを引っ張ってオモリを持ち上げる運動。
なるほど、ピンを差す位置で負荷を調節するのか。
前にやっていたおっさんは「40キロ」だった。中肉中背、ごく普通のサラリーマンっぽい感じだったので、このぐらいが成人男性の標準なのだろうと判断し、俺も40キロでチャレンジ。
(おっ)
なかなかズシっと来る。これは鍛えられそうだ。
と、最初のうちはまだ余裕があったが……
(うぐ……!)
わずか5回ほどでもう限界を感じ始めた。重い。まるで子供がふざけて飛びついたみたいに、一気に重く感じている。
(あかん)
20回やるつもりだったが、11回でギブ。40キロというのは俺にはまだ重すぎたらしい。
恥じ入りながら触れたところをタオルで拭き、そそくさとシートを立つ。と、スッと現れたのは、あのクールビューティーであった。
ビューティー(呼称)、逡巡なく50キロのところにピンを差す。そして、軽々と上げ下げする。
(お……おお)
羨望と屈辱が同時に襲ってくる。前時代的な感性かもしれないが、シンプルな話、女性に負けるのは悔しい。
俺がモヤモヤしている間に、ビューティーは平然と20回やりおおせた。あのスレンダーな体のどこにそんなパワーが……
(しかし人は人、俺は俺だ)
作品の中ではパワフルなバトルシーンを描き、異世界から来たココナ・フォン・ローエングリンからは「勇者様」なんて呼ばれていても、現実の俺はひ弱なのである。あの女性より弱いのである! 受け入れるしかない。
気を取り直して次に挑む。レッグエクステンション。膝の曲げ伸ばしで太ももを鍛えるマシンだ。
先ほどの反省を踏まえて「30キロ」にしてみる。
がしゃこん、がしゃこん……
最初はちょっと軽すぎる気もしたが、20回やるにはちょうどよかった。今の俺には30キロ程度がお似合いということだ。
と、そこへまたビューティーか現れた。55キロのところにピンを差しながら、あろうことか、俺をちらりと見た。気のせいではない。確かに一瞬目が合った。
ビューティー、55キロのレッグエクステンション20回を難なくクリア。
くそ、どういうつもりだ。俺をからかっているのか?
(落ち着け)
こういうのはスルーに限る。掲示板の荒らしもツイッターのクソリプもスルー推奨。まともに相手するからつけ上がるのだ。
さぁ、いよいよ本題の腹筋運動。アブドミナルである。
大人しく30キロを選択。クールビューティーのボディーがどんなに強靭であろうと、俺には何の関係もない。我が道を行こう。
(ふんっ……ぬ)
うお、これ、結構キツい! 歯を食いしばってどうにか自分のヘソをのぞき込む。
(んぎぎぎぎ)
7、8……
(くそおおお……)
あえなく9回でギブアップ。30キロだったのに。
案の定、ビューティーはやって来た。60キロの負荷をかけながら、なんと今度は薄ら笑いを浮かべて俺のことをガン見している。
何なんだあの女は!
この後、俺はチェストプレスで負け、ショルダープレスで負け、ランニングマシンでも負けて、男としてのプライドをズタボロにされたのだった。
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