6-4 一つだけ頼みを聞いてくれ

 正解は全部です。

 中学からの腐れ縁でね。長いこと男と女じゃなかったんだけど、大人になってから、もうお前でいいか――みたいなノリで。お互いに。

 あいつも昔は優しかったんだよ。優しかったっていうか、普通にいいヤツだった。それを言うなら私も昔は普通に痩せてたんだけどさ。

 人って、変わるもんなんだね。

 きっかけは、ギャンブルだったのかなー。それまで一切やらない人だったのに、会社の先輩に誘われて、あれよあれよという間にハマってったみたい。パチンコからバカラ? だっけ? まで、いろいろ手ぇ出したらしいよ。本人じゃないから詳しくは知らんけど。

 で、借金作って。私の知らないところで。

 私にバレて。すごいケンカになり。

 家の中の雰囲気悪くなって浮気。からのー。

 浮気も私の知るところとなり。気がついたら殴られてました、と。

 愕然としたよね、もう。

 え、何? 今何が起こった? あれ、痛い。殴られた? みたいな。

 なんで借金作って浮気してる奴が私のことを殴れるの? っていう。

 幸か不幸か、子どもができてなかったのが救いかな。わりとすんなり別れられたから。「子はかすがい」っていうけど、別れちゃったほうがお互いのためにいいってこともあると思うんだよね。

 あ、すいませーん。大生おかわり。

 で、何年かぶりに連絡してきて、何じゃいと思ったら、まぁ要するに、やり直さないかっていう話なのよ。わけわからんでしょ。

 ところがそれ以上にわけわからんことに、迷ってる私がいるわけさ。

 絶対よくないってのはわかってるんだけど。人が変わるものならまたいい方向に変わることもあるよねなんて考えちゃったりして。

 不安なんだと思う。今の私、ただの本屋のデブだから。誰かにとっての何者かじゃないから。彼女とか嫁さんとかお母さんとか、何かしらの既成の枠に当てはまりたいわけよ。

 だって特にやりたいこともないしさ。長く続けてるバイトをなんとな~く続けて、なんとな~くテレビ見て、私これからどうなるんだろうって考えないように酒飲んで。

 すいませーん。芋焼酎ストレートで。

 すごい今さらだけど杉原は何かやりたいことあんの?

 え、作家目指してんの!? マジか。えー何だよ、言えばいいじゃんそういうことは早めに。

 そっかー。

 すごいじゃん。

 ううん。結果なんて出てなくても、やりたいことがあるってだけで私には超絶眩しいよ。太陽拳だよ。

 杉原は、やめといたほうがいいと思うよね? 元旦那とのこと。

 だよね。

 一つだけ頼みを聞いてくれ。たぶん、九割がたやり直さないんだけど、万が一私があいつとやり直す道を選んでも、軽蔑しないでほしい。腹の底で笑ってもいいから。

 ありがとうな杉原。いいよいいよ。今日は先輩のおごりだ。


 すでに(一応)デビューしているということは言わなかった。言う必要性を感じなかった。

 店を出て星川さんと別れると、ひょこひょことココナが寄ってきた。

「最近、居酒屋を出たところでよく会うな」

「そうですね」

「ストーカー規制法に引っかかるぞ」

「訴えられたら負けると思います」

「素直でよろしい」

「あのですね、一応私としては、サービスというか、試供品みたいなつもりでスキルを進呈したわけでして」

「うん」

「初期スキルは本人の資質に合わせて自動で設定されます。ゆえに、勇者様にとって扱いやすいスキルになるはずと踏んでいたのですが……今日一日のお顔色から察するに、どうやら楽しんでいただくどころか困惑させてしまったのかなと」

「そうだな」

「申し訳ありませんでした! ただちに解除いたしますので……」

「いや、いいよ」

「え?」

「このスキル、発動しっ放しでいい」

「……本当によろしいのですか?」

 星川さんのマークは、とりあえず消えた。また出ることもあるだろう。

 明るく振る舞っていても、俺にとってはただのモブキャラでも、「クエスト」を抱えていることはある。そういう風景が、結構「いいもの」なんじゃないかと思い始めていた。いちいち解決はできないけど。

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