6-3 谷間を見ずにはいられない

 いつも通りの午後であった――スキル「クエストサーチ」が発動していることを除けば。

 星川さん以外に、お客の頭上にもたまにオレンジ色のビックリマークが見えた。しかし、いくら「気づける」からと言って、他人の悩み事には関わらないのが普通だろう。ゲームでは依頼内容を聞いたあとに「このクエストを受注しますか?」の問いが出て、イエスと答えなければいったん保留にできるが、現実ではそうもいかない。そもそも悩みを聞き出すこと自体が難題だし、聞くだけ聞いて放置なんてできない。

 と言っても、お客は通り過ぎていくだけ。大して気にならない。

 問題は星川さんだ。

「ヒマだねー」

「そうですね」

「ヒマすぎて肥満になりそう」

「……」

「もう肥満だろっつーの。はっはっは」

 やはり、普段と変わらないように見える。が、その頭上にはビックリマークがある。

 放っておくつもりだったが、ビックリマークの主張が強すぎる。圧倒的存在感。まるで雨の中の捨て猫だ。

 お客への注意が途切れないように気をつけながら、コマンド画面を開く。スキル画面に移行して「クエストサーチ」を選択。


  「解除」と念じてみた→効かない

  「中止」→効かない

  「外す」→効かない

  「止める」→効かない

  「忘れる」→効かない

  「封印」→効かない

  スワイプで放り投げるようなイメージ→効かない


 くそ、どうやっても解除できない。もはやスキルというより呪いである。

「どうした杉原」

「何ですか?」

「何か今日、私のことじろじろ見てない?」

 ぎくっ。

「見てませんよ」

「フェロモン出すぎかな? ちょっと栓閉めとくね」

「見てませんけど栓は閉めといてください」

「おっけー」

 いかんいかん。無意識のうちに目がビックリマークを追っている。

「杉原ちゃん」

「はい」

「やっぱり見てるよね?」

「見てません」

 見てるかもしれない。正しくは星川さんではなくその頭上なのだが。

「女の子は視線に敏感なのよ? 谷間チラ見されるのだって気づいてるんだからね?」

「今は谷間出てないじゃないですか」

「出してほしいのか?」

「大事にしまっといてください」

「おっけー」

 見てはいけないと思いつつもつい見てしまう。男性が女性の谷間やパンツをどうしても見てしまうように、ゲーマーはイベントやアイテムの気配をどうしても見過ごすことができないようだ。

 かくなる上は、諦めよう。スルーすることを。

「星川さん」

「やはり何か話があるのだね?」

「はい」

「よかろう。お姉さんに何でも相談してごらん」

 むしろ相談してほしいのはこちらなのだが。

 いいやもう。ストレートに訊いてしまえ。

「星川さん、何かあったんですか?」

「え、そっちが何かあったんじゃないの?」

「いや、実は、星川さんの様子が何かおかしいなと思って見てたんです」

 ウソではない。今も頭上にクエストのマークが出ている。

「ほほう」

 と言って、星川さんはきらりと目を光らせた。

「隠していたつもりじゃが、杉原には見抜かれてしもうたか。わしも耄碌したものじゃ」

「……」

「行けい。わしが教えることはもう何もない」

「いや、教えてくださいよ」

「はっはっは、ごめんごめん。ふざけてないとやってらんねー状態でね」


 その日の退勤後、星川さんと飲みに行った。もう知り合ってずいぶんになるのに、サシで飲むのはそれが初めてだった。

 星川さんは、

「っぶはー」

 景気付けと言わんばかりに、大ジョッキを飲み干した。

「一気飲みは体に毒ですよ」

「二回に分けたじゃん」

「ほぼ一気でしたが」

「まーまー、固いこと言いなさんな。実は私の元旦那が唐突に連絡してきてさ」

「本題への入り方も唐突ですね」

「あれ、そもそも私がバツイチってこと言ってたっけ?」

「何となく、風の噂で」

「だよね。まぁ、そうなのよ。バツイチ。交際3年で結婚して2年でサヨナラ。今のバイト始める前の話ね」

「……」

「ででん! ここでクイズです」

「はい」

「離婚の原因は何でしょう。

 ①浮気

 ②借金

 ②暴力」

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