5-4 一瞬行く気になったけど

 会計を支払う。ホテルとか家に連れ込むみたいな雰囲気には一切なっていない。

 ちなみに、もしそういう雰囲気になっていたら、きっと流れに従っただろうとは思う。

 店を出たところに、八坂の白猫と猫じゃらしで遊ぶココナ・フォン・ローエングリンがいた。

「うりうり。うりうり」

 どちらかと言えばココナのほうが遊んでもらっている。

 猫が八坂に気づいた。

 ココナも俺に気づいた。

「あれ、勇者様」

 物事に動じない八坂もさすがに少し驚いたようだ。勇者様とは……!? という目で俺を見た。

 人前で勇者って呼ぶのやめさせなければ。

 艦載機が空母へ戻るみたいに、猫が八坂の頭に乗る。

「ごっ、ごっ、ごめんなさい。勇者様の彼女様のお猫様とはつゆしらず」

 狼狽するココナを、八坂は興味深そうに眺めている。

「これからシャレオツなバーで二軒目ですか? それとも、しっぽり行っちゃう感じですか?」

「やめんか」

 仮にそうだったとしてもそう言われたら行きにくいだろ。

「いやー、うらやましいですなあ。げっへっへ。そいじゃ、邪魔者は失礼しやす!」

「あー、いいよいいよ。私が帰るから。じゃあね」

 と言って、八坂はさっと歩き出した。

 その頭上で猫が、

「にゃーお」

 と、おそらくココナに向けて鳴いた。遊んでくれてありがとうと言っているような気がした。

「ごごごご、ごめんなさい勇者様。私のせいで、せっかくのチャンスを」

「いや、マジでそういうんじゃないから。つーか奇遇だったな」

「バイト帰りに先ほどの猫ちゃんを見かけまして、かわいいなーと思ってあとをつけたらここにたどり着いた次第です。あの子は何というお名前なのですか?」

「猫」

「? はい。ですから、あの猫ちゃんのお名前は?」

「猫」

「……??? 私、今、急に日本語できなくてなってます?」

「いや、あの猫の名前は猫っていうんだ」

「ほう……?」

 そうなのだ。八坂はあの猫を「猫」と呼び続けている。猫という名前とも言えるが、名前がないとも言える。

 ついでに言えば、年齢不詳だ。ずっといる。十年前からほとんど年を取っていないように見える。誰も見ていないところで入れ替わっているのかもしれないが。

 八坂の猫は「不思議な猫」だ。世の中、そういうこともあるだろう……と思う。

 ココナが初めて現れた時、「ええっ!? 異世界から来たってどういうこと~!?? そんなのふつう信じられないってwww 証拠はあるんですかあ~!???」みたいなことを俺が一切思わなかったのは、猫で慣らされていたおかげだろう。

「猫ちゃん、また会いたいなー」

「会えるだろ、そのうち」

「そうですね! 私が猫ちゃんと仲良くなることで、勇者様もあの女性とますますお近づきに……」

「だからそういうんじゃないから」

「むう、そうなのですか?」

「それより、そっちの世界の話だけど」

「! はい! まさか、そちらから振ってくださるとは!」

「風景とか、どんな感じ?」

「ふうけい? と言われましても、どうご説明したものやら……」

 取材に行くことをわりあい真面目に考えている。乏しい想像力で平べったいフィクションを書くよりは、ただの日記のほうがいくぶんかマシだ。

「……なんて、困っているように見せかけて! 実はご説明にぴったりのものがあるのです!」

 と言って、ココナはごそごそとカバンを探る。

「じゃーん!」

 出てきたのはDVD的なディスクだった。

「こちらは我が世界の地域振興課が作った『異世界観光案内DVD』です!」

「……」

「異世界の様子が丸わかり! いちおし観光スポットや地元の人に評判のお食事どころを完全網羅! 効率のいい『狩り場』もご紹介! 見たらすぐにでも行きたくなるわくわくの映像となっております!」

「あの、確認なんだけど、滅亡の危機なんだよな?」

「はい! しょっちゅう滅亡の危機に陥るので、全力を挙げて勇者様の誘致を行っているのであります」

「……」

「どうぞ!」

「ああ、どうも」


 家に帰って、見てみた。

「……これは……!」

 どう見てもゲームの世界だった。それも、スマホが登場する直前頃に全盛期を迎え、現在はサービス終了している――そんな雰囲気のオンラインRPG。グラフィックが微妙に粗い。

 今のラノベ読者層なら確実に古さを感じるだろう。これでは取材に行っても得られるものはほとんどありそうにない。

「……」

 俺は再生を停止し、ディスク取り出しボタンを押した。

 今度、何も言わずに返却しよう。

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