5-3 デビュー作に素人がダメ出しを
「「じゃ、おつかれー」」
ハイボールと巨峰サワーで乾杯する。
八坂は昔からブドウ愛が強い。ブドウ関連のアイテムを贈っておけば簡単に好感度ポイントを稼げる。彼女の作品にもさまざまな形でよくブドウが登場する。
「久しぶりだなー」
と言いながら、八坂は壁のホワイトボードに書かれた「本日のおすすめ」を眺める。俺は彼女の左手にさっと視線を走らせる。
指輪は、なかった。だから何だというわけでもないが。
サークルの先輩、草薙龍一さんの葬式以来、4年振りの再会であった。
「おでん5点盛りと、つくねの月見と、梅ささみ串」
八坂が俺に相談せず料理を注文する。ハタから見れば普通のカップルだろう。
いや、そんなこともないか? カップルに見えるだろうなんて考え方にこそ、俺の女性経験の少なさが表れている気がする。
世の中、カップルでない男女などいくらでも存在するはずだ。ただの友達かもしれないし、仕事上の関係かもしれないし、歩道橋でばったり再会した昔の恋人同士かもしれない。
八坂との交際は約2年半で終わった。やり直したいと思わなくなるまで、2年半ほどかかった。
交際というものを、俺は八坂としかしたことがない。根本的にモテないのである。八坂との出会いは奇跡というよりシステムエラーに近いものだったと思っている。
シェイクスピアの『夏の夜の夢』みたいなものだ。どこぞのおっちょこちょいな妖精がミスったのだ。そして、間違いは正される。
おでんの大根を箸で切りながら、
「読んだよ」
だしぬけに八坂が言い、俺の心臓がどんっと大きく跳ねた。
読んだのか。『竜人族の代々の長』。賞を取ったことは特に知らせていなかったし、もし書店で見かけてもきっと買わないだろうと思っていた。
すぐに続く言葉がないことから、彼女があれを評価していないことがわかった。どうだった? なんて、訊くまでもない。
「どうだった?」
訊くまでもないけど、訊かずにはいられない。
「好きじゃなかった」
だよな。
断言されて、清々しかった。
客観的に見れば、新人賞に選ばれた作品を、受賞経験のない人間が評価しないなんて、ただの負け惜しみだろう。でも俺は、実のところ、審査員や他の誰よりも八坂に評価されたいと思っている。今でも。
「イメージできなかった。竜人族がどんな生活をしてるのか。どんな服を着て、どんな家に住んでるのか。『畑』って書いてあったけど、どのぐらいの広さで、どういう作業をどんな順番で、どんなことを考えながらやるのか。そういうことが、私は知りたい」
八坂は――極めて精度の高い「世界」を作り出すことができる。
凝りに凝ったジオラマみたいな感じだ。俯瞰しても寄りで見ても絵になる。生活感と実在感がある。
立ち昇るのだ。行間から、イメージが、自然と。つまり「説明」でなく、まぎれもない「描写」と言える。
ただ、おそらく今の流行りに比べて、描写の割合が多い。すなわち、出来事の進行はやや遅い。好みの分かれるところだが、八坂が未だに無冠なのはきっとそのあたりに原因がある。
言わば「画素数」だけなら商業作品に引けを取らない。むしろ凌駕している。
「でも受賞おめでとう」
「やめろよ」
と、俺は食い気味で、しかし柔らかく言った。
嬉しかったんだ。イメージできないと言われたことが。八坂が昔のままでいたことが。
ゲームみたいな世界を毛嫌いする人もいる。けれど、八坂はそうじゃない。ゲームからの借り物みたいな、チープなファンタジーが嫌いなのだ。
『竜人族』が八坂を魅了できなかったのは――悔しくはあるけど――何ら意外なことではない。確かにチープだ。俺が思い描ける「畑仕事」は、CGみたいな地面を延々とクワで耕す人物、せいぜいその程度。ゲームという創作物を元に創作をしているから、ハリボテ感が強い。
文章の持つ息づかいや体温が、八坂や、文豪たちのそれとは全然違う。
ゲームが好きな層に売れればいいのだから、出版社としてはゲームからの借り物みたいな世界でも構わない、むしろ歓迎だろう。でも本当は、どんな層にも読まれたい。唸らせたい。ゲームを小馬鹿にする人々さえも。
「次のはいつ出るの?」
「未定。今書いてる」
「そっか」
楽しみにしてる、と八坂は言わない。彼女はウソをつかない。
俺がゲームみたいな小説を書くようになって、その薄っぺらさを八坂に非難された。よくケンカになった。それで、別れた。
自尊心が強くなっていたんだ。ゲームみたいで何が悪いと、へそを曲げた。
「あ、あと思い出したんだけど」
八坂が『竜人族』の感想をつらつらと述べる。俺が反論しないから、会話は途切れがちだ。
3杯目のハイボールを飲みながら、ぼんやりとし始めた頭で、やっぱり取材に行こうか――と考える。ココナの世界へ。見聞を広めるために。
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