4-4 パンチラぐらいじゃダメだった
正直に言おう。ココナが行ってしまってから魔法陣の光が消えるまでの数秒間、俺は結構激しく迷った。後を追うかどうか。
葛井に代わってもらってめでたしめでたしとはならなかった。
――これで終わりか。ずいぶんあっさりしてんな。俺じゃなきゃ駄目なんじゃなかったのかよ。
いや、これでいいんだ。葛井を採用したってことは、結局誰でもよかったってことだ。
俺が行く必然性はなかった。ココナは「占いの結果だから」の一点張りだった。勇者にしか抜けない剣があるとか、勇者にしか覚えられない魔法があるとか、何か具体的な理由があるならそれを言わないのはおかしい。
俺は逃げたくなくて、葛井は逃げたかった。だから葛井を紹介した。理にかなったことをしたじゃないか。何の不満がある?
やっぱり逃げ出したかったのか?
二作目を出す自信がないのか? 出せたとしても売れるかどうかわからない。
というか、会社の指示通りに異世界モノを書いたとしても、そんなに売れる気はしない。俺は所詮、後追いなんだ。自ら好んで異世界モノを書いている作者に太刀打ちできるとは思えない。
どうにかあがいて二作目を出しても、一発屋が二発屋になるだけなんじゃないか?
違うだろ! このハゲ!
仕事のことはいいんだ。逃げたいと思うこと自体は仕方ない。逃げないという結論が大事なんだ。
俺はこれまで通り現実の世界を生きていく。二発屋で終わっても悔いはない。
じゃあ、今、俺は何を迷っている?
――ココナにはもう会えないのか?
その考えが頭の中をよぎった瞬間、魔法陣の光が消えた。
「……」
さて、帰ろう。
俺は葛井から預かっていた鍵で部屋の扉を閉めて、その鍵をポストに入れ、立ち去った。
平穏で、わりと順調な日々が続いた。
バイトに行き、飯を食い、風呂に入り、過去作のリメイクのプロットを書き、打ち合わせで山田さんからGOサインをもらって、数少ない友達と飲みに行った。
異世界モノを書くぞと切り替えてしまうと、今までこだわっていたのがアホらしくなってきた。
流行りに乗っかった現実逃避。テンプレのご都合主義。だから何だ? 俺はまだ駆け出しなんだから、大人しく支給品の武器を装備すればいいんだ。
葛井を見送ってちょうど一週間後の夜。新しいWordファイルを開き、いよいよ本文に着手しようとしていた時だった。
ピンポーン。
誰だこんな時間に。
ガチャ。
と、ドアを開けるとそこには、
「勇者様あ~」
何やらぐったりした表情のココナ・フォン・ローエングリンがいた。服装は葛井を連れていった日と同じだった。
ガッ。
というのは、俺が閉めようとしたドアのへりを、ココナがつかんで止めた音である。
「悪徳セールスかお前は」
「話ぐらい聞いてくださいよう」
仕方ない……
ココナを部屋に入れ、はちみつレモンを煎れた。茶ではないから煎れるという表記は正しくないかもしれない。
最初に来た時と同じようにベッドに座らせ、自分は椅子に座り、
「葛井はどうなったんだ?」
と訊いた。
「えー、控え目に言って、さっぱり使えませんでした」
控え目に言って、それか。
「常に高山トレーニングしてるようなもんだからいきなり最強なんじゃないのか?」
「ポテンシャルは十分のはずなんですけど、どうやらクズイ様は『自分を信じる』ということが徹底的に苦手なようで」
「……」
「高名な指導者に来ていただいたり、見せたがりの友達にパンチラで釣ってもらったりしたんですが、剣も魔法もさっぱり上達しませんで」
「……」
「今は毎日だらだらと危険度最低のザコモンスターを狩って暮らしておいでです」
「ザコでも倒し続ければそのうち強くなれるんじゃないのか?」
「今のスギハラ様が延々とひらがなの書き取りをして頭よくなれると思います?」
「いや、思わない」
「そういうことです」
ココナにしてはかなり刺々しい口調だった。
こいつでもストレス溜まることあるんだな……
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