4-3 美少女に男を紹介した

 ほとんど煙に巻くような言いくるめ方で、自殺志願者・葛井英雄くずいひでおをフェンスのこちら側へ連れ戻し、連絡先と部屋番号を聞き出した。

 そして翌日、こよみブックスに現れたココナを連れて、俺は葛井の部屋に向かった。

 間取りは何の変哲もない1K。中はさぞ変哲だらけだろうと思っていたが、それは偏見だった。TGO(例のソシャゲ)関連のグッズがずらりと並んでいるとか、壁という壁が西口里緒奈のポスターで埋め尽くされているとか、そういうことはなく、ごく普通に散らかっている大学生の部屋であった。

 重課金者の実態なんて案外こんなものかもしれない。もしかしたら葛井なりに片付けをしたのかもしれないが。

 黒のハイネックにオレンジのフレアスカートという出で立ちのココナは(初日のギリシャ神話みたいな衣装は何だったんだ)、薄っぺらい座布団に正座して、「めっちゃ微妙~」という顔をしている。そんなに顔に出すなと思ったが、葛井はまともにココナの顔が見られないようなので、とりあえず悟られる心配はなさそうだ。

 ちなみに葛井の服装は昨日と同じスウェット上下である。

 俺はあえてアバウトに、

「な!」

 と発言した。

 葛井を俺の代わりに勇者として連れていく――ってことでいいよな? と、二人に同意を求めたのである。

「しかし勇者様」

「勇者はあっち」

「ウルトラファイアー占いで特定された勇者様はスギハラ様でございますから」

「でも、こっちの世界の人間なら誰だって無双できるんだろ?」

 お世辞にも強そうには見えない葛井だが、俺だってどう見てもインドア系だ。

「まぁ、その、できるかできないかで言えばできるということになりますけど……」

「拙者は死ぬのでござるか?」

 と、葛井。

 自殺志願者の言葉としては珍妙だが、『理系転生』の主人公は一度死んで異世界で生まれ変わるという王道パターンだったから、当然の質問である。

「いや、死ぬ必要はない。ココナの世界へは生きたまま行ける。戻ってくることもできる」

 と、俺が言えるのは、先日ココナが「日記をつければ作品になる」と言っていたからだ。完全にこちらの世界とおさらばすることになるのなら、あんな言葉が出るはずがない。

「戻りたくはござらぬが」

 と言う葛井に、俺は、

「だったら一生向こうで暮らせばいい」

 と、異世界側の許可を得ずに言った。

 ココナには悪いが、ここは強引に話を進めるのが吉と思える。

 断れないだろう。占いで指定された人物でないとは言え、こちらの世界の人間で、しかもこの世界から離れたがっている。

 それに、連れていかなければ、葛井はまた自殺しようとするかもしれない。人の好いココナには葛井を見捨てることができないはずだ。

「……わかりました。では、クズイ様を新しい勇者様として私たちの世界にお連れします」

 よし、これでいい。

「早速今からでよろしいですか?」

 あ、行こうと思えばいつでも行けるのか。

「う、うむ。こんな拙者でもお役に立てるならば、行ってみたいでござる」

「ありがとうございます。よろしくお願いします、勇者様」

 と言って、ココナはバッグからチョークのようなものを取り出した。

「では、少々お待ちください」

 コツッ。カリカリカリカリ。コツッ。コツッ。

 フローリングの床に魔法陣のようなものが描かれていく。のようなものというか、魔法陣なのだろう。

 俺と葛井は座布団をどかして立ち、なすすべなくココナの作業を見ている。

 コツッ。カリカリカリ……

 手が止まった。

「あれ、えーと」

 と呟いて、ココナはバッグから手帳を取り出すと、図形を確認しながら再び描き始めた。

 あのバッグには異世界関係の大事なものが詰まっているらしい。もう少しガードの堅い容れ物にしたほうがいいと思う。

 作業開始からおよそ5分後、ココナは、

「できました!」

 と言って、起動スイッチを押すみたいに、短い線を一本描き足した。

 すると、魔方陣が赤く光り、凄まじい勢いでパッ◯ンフラワーの親玉のような植物が生えてきた。

「!?」

 貪欲という言葉を具現化したようなおぞましい口。つかみどころのない棘だらけの茎。

 あまりの事態に、俺と葛井は完全にフリーズした。

 ココナは、

「あっ、失敗!」

 と叫び、大慌てでナントカ粒子のビンを取り出して自分に噴きかけると、

「覇ァ!」

 と気合いを込めて、手刀で植物の根元を切断した。

 間に合ったと言えば間に合った。葛井が頭から丸呑みにされかけていたが、首に歯型がついたぐらいで済んだ。

 切断された植物は、幻のようにフッ……と消滅した。

「ごめんなさい。間違えました!」

 と、ココナが土下座した。

「……」

 葛井はまだフリーズしていた。

 誰に何をどう言えばいいかわからず、俺も黙っていた。


 およそ5分後、新しい魔法陣が描かれた。

 ココナは、

「今度は大丈夫ですから」

 と言って、短い線を引いた。

 魔法陣が青白く光り、その少し上の空間で、銀河系のようなものが床と水平に回り始めた。

「では勇者様、どうぞこちらへ」

「……」

 葛井は促されるままにギクシャクと魔法陣に近づいていく。

 大丈夫だろうか。出発前にいきなり死にかけたが。

「葛井」

 と、俺は声をかけた。

「よかったな、死ななくて」

「かたじけない」

 と言って、葛井はマンホールに落ちるみたいに、光の中に消えた。

「さてと、それでは私も、勇者様に諸々のご案内がございますので」

「ああ」

「あ、スギハラ様、すみません。その魔法陣、ちょっと見てていただけますか?」

「? いいけど」

 俺は上から魔法陣を覗き込んだ。光が渦を巻いているだけで、あちら側の風景が見えるわけではなかった。

 そろ~り……と、ココナが背後に回る気配を感じた。

 それから、

「あっ、手が滑った!」

 という声がしたので、俺はさっと身をかわした。

 明らかに俺を突き飛ばそうとしていたココナはべしゃっと床に倒れ込んだ。

「……」

「手が滑ったんですよ」

「……」

「ほんとにほんとに」

「……」

「ほんとにほんとに」

「じゃあ、元気でな」

 と、俺のほうから言った。

 ココナは一瞬言葉に詰まり、せわしなく表情を変化させた末、

「短い間でしたが、大変お世話になりました。ありがとうございました!」

 と明るく言って、光の中に消えていった。

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