4-2 自殺志願者と知り合った
アパートの階段を駆け上がる間、俺は一心不乱でなく、いろいろなことを考えていた。
俺はなんで自殺をやめさせようとする?
他人なのに。
他人のほうがむしろ説得しやすい?
だからなんで説得する?
感謝してもらえるから?
誰に?
家族とか、世間?
本人には?
本人の気持ちはさておき、ニュースにはなるかもしれない。
俺は一躍脚光を浴びるかもしれない。
本を売るチャンスだ。
でも露骨に利用したら叩かれる。
ニュースにはならなくても、貴重な経験にはなるだろう。
自殺志願者にインタビューできる機会などそうそうない。
しっかり記憶しておこう。
彼が止まっても止まらなくても。
屋上に出た。
彼は、フェンスを越えた先の足場にまだいた。
背が高い。180cmぐらいありそうだ。ニートでございと言わんばかりのグレーのスウェット上下に、伸び放題の髪。前髪が長すぎていわゆるギャルゲーの主人公状態。
片手でフェンスをつかんでいる。靴は脱いでいない。
俺が声をかけるより先に、
「放っといてほしいでござる」
と、意外に大きな声で彼が言った。
ござる、と、確かに言った。
さらに彼は、
「詳しくはヨッちゃんを見るでござる」
と、日本最大級の匿名掲示板の名を挙げた。
俺は、
「わかった。見るから、とりあえず待て」
と言って、ポケットからスマホを取り出した。
検索の結果、一つのスレにたどり着いた。
「『今から氏のうと思う』ってタイトルか?」
と俺が訊くと、彼はこくりと頷いた。
ざっくりまとめると、こういうことだ。
①一人暮らしなので一応ニートではない。
②大学生だが大学にはもうずいぶん行っていない。
③親から仕送りを受けている。
④課金ゲーにハマって仕送りを使い込み、食事は食パンだけみたいな生活が続いていた。
⑤何度かバイトをしたことはあるが、どれも長続きしなかった。
⑥消費者金融からの借金が40万。
⑦応援していた声優(ゲームの推しキャラの声も担当)が電撃結婚報告。
⑧もう生きる意味が見出せない。
クズが。とは思った。けれど、助けたら有名になれるかもなんて考えていた俺もいい勝負だ。
逃げんなよ。俺も逃げないから。
「まだ40万だろ」
と、俺はとりあえず⑥に焦点を絞った。
「知り合いに3桁行った奴いるけど何とか返してたぞ」
事実、ギャンブルと風俗で110万の借金をこさえた奴が知り合いにいる。実を言うと返し終わったのかどうかまでは知らない。
「どうせ社畜でござろう」
と、スウェットの男は的確なことを言った。
「バイトじゃ無理でござる。もとい、バイトも無理でござるし」
「できるよ。たまたま同僚とか仕事内容合わないのが続いただけだろ。単に運が悪かったんだよ」
「無理でござる。人間怖いでござる」
彼がどういう気持ちで語尾にござるをつけているのか、俺には知る由もない。
「拙者は親の仕送りでソシャゲに重課金しながら会ったこともない声優にガチめの恋なんかしちゃってたキモヲタでござる。こんな奴は死んだほうが世のためでござる」
テンプレのセリフだが、ただちに反論できなかった。
「みんなもそう言っていたでござろう」
みんな? ああ、掲示板のみんなか。
確かに、全体の7割は「死にたきゃ死ね」という趣旨の発言だった。そして2割は真に受けていない。一人の人間が最後に救いを求めたのがこんなクソ掲示板だと思うとやりきれなかった。
「いつかきっといいことがあるなんてちゃんちゃらおかしいでござる。拙者にはもう生きる気力がないし、借金を返し終えたところで里緒奈(声優)が拙者を騙していたという事実は変わらぬ。生まれてきてすまんかった。さらばでござる」
さらば――と言いながら、彼の手はまだフェンスをつかんでいた。
「あんた、ラノベとか読む人?」
「はあ?」
「『理系転生』なら読んでるだろ?」
アニメ化した際、西口里緒奈がヒロインを演じた作品だ。
「それは無論、読んだでござるが」
「じゃあ話は早い。俺の代わりに転生してくれないか?」
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