3-4 チートの仕組みを理解した
事務所のソファーに寝かせてやり、そこいらに置いてあったパンフレットではたはたと顔を仰ぐ。
「救急車呼んだほうがいいんじゃないの?」
と星川さんは言ったが、俺は
「ただの立ちくらみって感じでしたから、ちょっと様子を見ましょう」
と、イイカゲンなことを言って一時しのぎをした。
普通なら迷わず救急車を呼んだほうがいい。しかしココナの場合、救急車を呼んでいいものかどうかわからない。
異世界の人間だということがバレたら色々と不都合がありそうな気がする。解剖されたり何かの実験台にされたり……なんてベタなことはないだろうけれど、とりあえずバレないに越したことはないはずだ。
俺は彼女の要望に応えたくないだけであって、顔見知りになってしまった以上、助けてあげたいとは思う。
「……」
はたはたはた。
「……」
はたはたはた。
これ、ずっと目を覚まさなかったらどうしよう。自転車の前カゴに突っ込んで満月を背景に空を飛んだりすれば送り返せるものだろうか。
もうしばらくして起きなければやっぱり救急車を呼ぶしか……
……その前に、見てみるか。と、俺の視線はココナのショルダーバッグを捉えた。
悪気はない。この状況を何とかできそうな何かが入っていないか確かめるだけだ。
失敬。
「……」
香水か何かだろうか。液体の入った桃色のビンが一番に目に飛び込んできた。側面に太い文字で「1日1回忘れずに!」と(日本語で)書いてある。
「これじゃね?」
と、俺はつい声に出して言った。
これじゃね? っていうか、これだ。その1日1回を忘れたのだ。取り出しやすい位置にあったことも裏付けになる。
というわけで、顔面に噴射。※もしかしたらこの表現はいかがわしい誤解を招くかもしれない。
幸い、ココナの目はまもなく開かれた。
「気がついたか」
「あれ、私……?」
「カバン、勝手に開けて悪かったけど」
と言って、俺はビンを見せた。
「ああ! そうなのです。今日はうっかり忘れていたのです。では、勇者様が私の顔にぶっかけてくださったのですね?」
「……」
どうしてそっち方面に持っていこうとするのだろうか。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「うん、まぁ、無事でよかった」
ココナはソファから身を起こすと、薬のビンをバッグにしまいながら、
「見られてしまったからには、ご説明しないわけではいきませんね」
と言った。
「いや、別にそうでもないと思うけど」
「この薬はスミノフ粒子を抽出して液体化したものです」
「説明いらん言うとるやろ」
「私たちの世界の大気にはスミノフ粒子という成分が豊富に含まれているのですが、こちらの世界にはわずかしかありません。そこで、定期的に薬で補給する必要があるのです」
「……」
止めても止まらないので、俺は説明が終わるのを待つことにした。
「体内のスミノフ粒子が減ると、
①だんだんと正常な判断力を失っていき
②気絶し
③最終的には死に至ります」
「……」
「高山トレーニングってありますよね。あえて酸素の薄い場所に行くことで心肺機能を高めるっていうアレです。勇者様は、私たちの世界の住人から見れば、常に高山トレーニングを行っているようなものなのです!」
なるほど。
「ってことは……」
「ご質問ですか? 何なりと!」
「別に俺じゃなくてもこの世界の人間なら誰でもいいってことだよな?」
ココナは明らかに「やべっ!」という顔をして、俺から目を逸らし、口笛を吹いた。だから古いんだよ芸風が。
「いやあいいことを聞いた。じゃ、俺、そろそろ仕事戻るから」
「ちょ、ま、お待ちください! 誤解です! 勇者様じゃなきゃダメなんです!!」
慌てふためくココナに、
「お会計をお願いします」
と言いながら俺は大量の異世界ラノベが入った段ボール箱をずいっと押しつけた。ちなみにあと2箱ある。
「……」
代金はきっちりいただいたが、とても一度には持ち帰れず、カウンターでお預かりした。この一件により、ココナは「こよみブックス西池袋店」に何度か通うことになった。
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