3-3 美少女がいきなり気絶した

「全部お買い上げで?」

 と、俺は念のため確認した。

「はい!」

 と、ココナは元気よく答えた。

 ピッ。ピッ。バーコードを読み取りながら、何となくタイトルを目で追っていく。

 俺はすぐに気づいた。全部、異世界モノだ。


『異世界◯◯』

『◯◯異世界ライフ』

『◯◯は異世界で◯◯する』

『異世界に行ったら○○が◯◯で◯◯しちゃいました』

『ワイ無職のおっさん、異世界で◯◯と◯◯』

『国境の長いトンネルを抜けると◯◯であつた』

※てきとうに書くと実在してしまう可能性が高いため、伏せ字だらけになっています。


 ココナはタイトルに「異世界」とつくものを片っ端から持ってきたようだ。

 考えてみれば、妙な話だ。タイトルだけでこんなにホイホイ抽出できる分野って、何か他にあるだろうか?

 一般文芸の背表紙をアトランダムに並べて、その中から「ミステリー」だけを抜き出せと言われたら、かなり難しいに違いない。漫画もタイトルだけでは「異能バトル」かどうかわからないものがたくさんある。ラノベの「異世界モノ」だけが、タイトルだけで容易に判別できるのだ。

 本来、内容が異世界モノだからと言って、タイトルに「異世界」と付けなくてはいけないわけではない。けれど、売れるためには、すなわち読んでもらうためには、タイトルに「異世界」の語を含めることがほぼ鉄則となっている。

 潮流を無視する者は自らが無視される。オリジナリティを出す余地はない。マゲを結わねば、土俵に上がることさえかなわない。

「いかがですか、勇者様」

 と、ようやく呼吸の落ち着いたココナが言った。

 ちなみに星川さんは今、ラノベコーナーの補充に行っている。

「いかがって、何が?」

「世の中にはこんなに『異世界』と名のつく本が出回っているんですよ?」

「……」

 いや、うん。知ってたけど。

「つまり、こんなにもみんな『異世界』に行きたがっているわけです。憧れの地なんです。江戸時代で言ったら『伊勢神宮』みたいなものです!」

「……」

 なぜ江戸時代で言ったし。たぶん間違ってないけど。

「みんなが憧れる異世界にせっかく行けるっていうのに拒否るなんて、罰当たりだと思いませんか? 商店街の福引きで一等ハワイ旅行を当てた人がその場でチケットを破いて捨てたらドン引きでしょう?」

「……」

 まさかこいつ、それを言うためだけに、この大人買いを敢行したのか? さっきの謎のチャレンジも物量をアピールするためか。

 ココナは、

「あーあ、何だか私も、異世界に行きたくなってきちゃったなあ~」

 と言いながら、ちらちらと俺を見てくる。

「……」

①ヘタクソか!

②自分ちの世界を「異世界」言うなや。

 ピッ。ピッ。ココナの勧誘をスルーしながら、引き続きバーコードを読み取っていく。当然、お会計はすごいことになっていく。

 さすがに気になって、

「あんた、金どうしてんの?」

 と訊いた。

 喫茶店のバイトだけではネカフェ暮らしも楽ではないはずだし、ましてやこんな大人買いなどできるわけがない。

「やっと私たちの世界に興味を持ってくださったんですね?」

 と、ココナは目を輝かせた。

「いや、ちょっと気になっただけだから」

「ふっふっふ、私のお金はですねえ……あ、ちょっと待ってください」

「?」

「えーと」

 と言ったきり、ココナは中空を見つめてフリーズした。

 何だかよくわからないが、読み取りが完了したので、

「80717円です」

 と、俺は合計金額を述べた。

 すると、ココナはフッ……と白目をむいてその場に倒れた。

 え、なんで!? こんだけ持ってきたんだから当たり前だろ?


 お会計に驚いて気絶したわけではない――ということがわかったのは、少し後のことだった。

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