3-2 そんなに積んだら危ないぞ

 ココナに気づいてから数十秒間、俺と星川さんの視線は彼女に釘付けになっていた。

 右手で棚から取り、左手に乗せる。右手で棚から取り、左手に乗せる。みるみるうちにラノベの塔が高くなっていく。

 右手がてっぺんに届かなくなると、軽く投げ上げて積み始めた。器用なことをするものだ。

 一番高い棚ぐらいの高さになると、ココナはようやく積むのをやめ、こちらへ向けて歩き始めた。

 ほいほい歩いてくるのかと思いきや、違った。崩さないようにじりじりと慎重に進んでくる。

 何の意味があるんだそのチャレンジ。

「……」

 俺と星川さんは固唾を飲んで見守る。あの状態ではどうしようもない。下手に手出ししたら崩れてしまう。

 じり……じり……

 ココナはすり足で歩いている。あと10メートルぐらいだろうか。


 俺はファミコンの『ドナルドダック』を思い出していた。いわゆるミニゲーム集で、その中の一つに「ピザを大量に積んで崩さないように運ぶゲーム」があった。

今ならそういうのは無料アプリの暇つぶしゲーだが、当時はわざわざ数千円出してソフトを買ってファミコン本体に差して家のテレビで遊んでいたのである。わずか20年そこらで、ゲームの世界は何周も進化した。


 さて、ゴール(ここ)まであと3メートル。重いのだろう。ココナの左腕はぷるぷるしている。目は真剣そのものだ。

 ここまで来たら成功してほしい。

 じり……じり……

 星川さんがわりと真面目な声で、

「がんばれ! あと少し!」

 と応援した。

 ココナに応える余裕はないようだ。汗が頬を伝う。

 苦しみながら、ココナの足はついにカウンターにたどり着いた。

「やった!」と星川さんが言い、俺も内心「よし!」と思った。

 ところが、当の(塔の)ココナは「しまった!」という顔をしている。

 理由はすぐにわかった。塔の底部を左手で支えているから、カウンターに置くことができないのである。右手は自由――道中は専らバランスを取るのに使われてきた――だが、塔が高すぎるので、数冊ずつ取って下ろすということができない。

 万事休すか。ここまできて、なんということだ。

「くっ……!」

 とココナが呻いた時、

「あきらめないで!」

 と、やや高いところから星川さんの声がした。星川さんは高い棚から本を取る用の小さな脚立に乗っていた。

 結局、ラノベの塔は星川さんの手により、数回に分けて無事カウンターに下ろされた。

 ココナは息を切らせながら、

「すみません。ありがとうございました」

 と言った。

 星川さんは、

「あんたはよくやったよ」

 と言った。

 俺は心の中で、

「良い子のみんなはマネしないでね」

 とつぶやいた。

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