3-1 美少女がラノベを買いに来た
「ヒマだねー」
と、カウンターに頬杖をついて、星川里美さんが言う。
「ヒマっスね」
と、棒立ちの俺が答える。
ここはバイト先の本屋である。都内に6店舗だけある小規模チェーン。制服は青いエプロン。この出版不況の時代、俺が本屋で働いているのは「他を探すのが面倒だから」に他ならない。
始めたのは「本が好きだったから」だ。社割(10%引き)もあるし、POPを書いたりもするから、本好きが本屋で働くのは自然なことではある。
けれど、8年も続けたから、さすがに飽きている。そして、8年も続けたのに、時給は申し訳程度にしか上がっていない。
「ヒマだねー」
と、星川さんがさっきと完全に同じ抑揚で言う。
俺が返答せずにいると、
「逆に、ヒマではない?」
と、星川さんは脈絡のないことを言った。
星川里美さんは今年で33歳。外見は――敬意と親しみを込めて言うのだが――「そこそこ痩せた渡辺直美」だ。目鼻立ちは華やかである。太いっちゃ太い。
バツイチらしいのだが詳しいことは知らない。人間、生きていれば色々ある。
「ヒマ過ぎてヒマビームが出るわ」
と、星川さん。
「……」
「ヒマビ――――ム」
ビームと言っているのに、ビームが出そうなモーションは一切取っていない。
ヒマな時間、我々のやりとりは結構こんな感じだ。応答はしてもしなくてもいい。クオリティは追求しない。
「最近何か読んでる?」
と、星川さんは唐突に普通の話題を振ってきた。
「活字でいいですか?」
と、俺が言うと、
「じゃあいいや」
と、星川さんは一刀両断した。
この人は漫画党なのである。文字しかない本は読まない。
「たまには活字も読んでみたらどうですか?」
と、俺は何の期待も込めずに言ってみた。
すると星川さんは、
「読んでみようとはしたのよ」
と、意外なことを言った。
「ラノベなら読めるかなーって、開いてはみたのね。でもダメ。やっぱりいちいち絵を想像するのが面倒くさくてさ」
「そこが楽しいんじゃないですか?」
「無理無理、私には。無理なことはしない主義」
星川さんみたいな読み手がいることを俺は別に否定しない。漫画ばっかり読んでいるとバカになるとも思わない。
漫画は優れた表現手段だ。俺もいつか自分の作品がコミカライズされたら嬉しい。
それに、漫画は今の出版業界において貴重な「売れるコンテンツ」である。本を読まない人は増えても、漫画を読む人は減っていない(たぶん)。
ただ、最近は無料で読める漫画アプリが席巻している。違法サイトも後を絶たない。紙の漫画を買う人口は、俺たち店員が体感でわかるぐらい、はっきりと減っている。
「なんかオススメのラノベある?」
と、星川さん。
無理なことはしない主義と言った次のセリフがこれである。俺はこの人の自由さを羨ましく思っている。
「いや、ラノベは読まないんで」
と、俺は大嘘をぶっこいた。
訂正する。大嘘ではない。たぶん、ラノベ作家としては相当読んでいないほうだと思う。
星川さんを含め、この店では、自分がラノベを書いているということを誰にも言っていない。
以前よりずいぶん「ライトノベル」は市民権を得たと思う。中学生の読み物、大人が読んだら恥ずかしいもの――という認識は変わってきた。うちの店でもラノベを置くスペースは昔の倍ぐらいになった。
それでも、俺は未だに「ライトでないノベル」への引け目を拭い去れずにいる。
「偏見はよくないぞー。今やラノベに出てきそうな美少女だってラノベ読む時代なんだから」
「え、美少女?」
「ん」
と、星川さんが顎で示した先には、ライトノベルコーナーを熱心に物色しているココナ・フォン・ローエングリンがいた。
本日はジーンズに白のパーカーというラフな格好である。肩には茶色のショルダーバッグをかけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます