2-4 美少女の提案を却下した

「すいません、お待たせしました」

 と言って俺が席につくと、

「おいおい、仕事中だぞ、二人とも☆」

 と、山田さんがニヤニヤしながら言った。

 あかん。トイレの前で(あるいはトイレ内で!)イチャイチャしてたと思われてる。

 にしてもイケメンのニヤケ顔、たまらんな。40超えてんのにかわいすぎ。男の俺でさえクラッとする。これで落ちない女っているんだろうか。

「彼女とはどこで知り合ったの?」

「えーと……」

 自宅なんですが。

「……友達の紹介で」

 あ、しまった。それじゃ完全にカノジョじゃないか。

 もうそういうことでいいか。

 いいのか?

「あの子をヒロインにすればいいよ」

 え。

「僕の作品の、ですか?」

「うん。彼女、すごくいいと思うよ。日本人離れしてるのに日本人好みの顔だし。性格もよさそうだしね」

「はあ……」

 まぁ、悪い奴ではないとは思う。

 強制連行する方法もありそうなものだ。こっちで死んであっちで生き返るってのがポピュラーなパターン。

 ココナは一応、俺の意思を尊重してくれている。

「ヒロインなんて男の願望丸出しでいいんだよ。ジブ○のヒロインだって全員同じだろ?」

 さすがに「同じ」は言い過ぎなんじゃ……

 でも確かに共通するものはある。芯が強い。あと、顔が似てる。

「彼女をヒロインにすればきっといい作品が書ける。問題は、どういう〝世界〟にするかだね」

「……はい」

「スギハラ君、ストックはどのぐらいある?」

 えーと。

「長編だと10本ぐらいです」

「その中でファンタジーは?」

「ほとんど全部です」


 1本だけ、ファンタジー要素を排したものがある。俺は駄作だと思っているけれど、はあれが一番いいと言った。

「……」

 嫌なものがフラッシュバックしそうになって、俺は頭の中でぶんぶんと首を振った。


「そのストックの中で、異世界転生モノとしてリメイクできそうなのはない?」

「……公募落ちばっかりですけど」

「わかってる。あくまで素材としてね」

「……考えてみます」

「うん。正直言うとね、あんまり時間がない」

「……」

「ストックのリメイクならさほど苦労せずに書けると思う。今度いくつかプロット持ってきてよ」

「わかりました」

 気は進まないけど――なんて、言ってられる状況じゃないんだよな。

 たぶん、受賞から1年経ったら、俺は切られる。使えない作家をいつまでも抱えておくわけがない。

「来週、また同じ時間にでいいかな?」

「はい」

「オッケー。楽しみにしてるよ」

 と言って、山田さんは節の張った手でササッと手帳にメモし、伝票を取ってスッと立ち上がった。

 くそ、つくづくカッコいいな。


 店を出ると、

「じゃあ、また来週☆」

 と言って、山田さんは駅のほうへ歩いて行った。

 俺の家は反対方向だ。

 帰ってストック見直してみるか――と思っているところへ、

「勇者様」

 と、背後から声がした。

 うわあ、何ですか店員さん。

「ストックなんてダメです」

「はい?」

 また聞き耳立ててたのか。近くにいた気配なかったけどすげー地獄耳だな。

「どうせなら新しいのを書いてください! 私たちの世界に来て『日記』をつければ、それがそのまま作品になります!」

「……」

「どうです? 名案でしょ?」

 と言って、ココナは得意げにフンスと鼻を鳴らした。

「ごちそうさまでした」

 と言って、俺は早足でその場をあとにした。


 一瞬、名案のような気がしてしまった。でも、それはただの日記なんだ。

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