2-3 トイレの前で長話

 用を足しながら考える。

 たとえ一発屋で終わるとしても俺は自分の書きたいものを書く――ここまでずっとその信念でやってきた。

 ……信念じゃなくて、ただの意地なんじゃないか? ハタから見れば右と左もわからない新人がダダをこねてるだけだ。

 だいいち、俺が読者なら「何やら主張してくる新人」の作品なんか読みたくない。山田さんの言うことは正しい。いや、ずっと正しかった。

 無料で読める小説投稿サイトの上位が異世界モノ一色だからこそ、新人賞を取ったからには「有料の非異世界モノ」で勝負してみたかった。けど、俺にはまだその資格がない。今日だって「山田さんを唸らせるようなプロット」は何も準備できなかったんだ。


 やるしかないか。

 と、半分覚悟を決めながらトイレを出ると、

「勇者様、いかがなさいました?」

 ココナがドアの前で待っていた。

「……」

 女子店員さん、男子トイレの前で待ち構えてないで仕事しなさいよ。

「いや、別に。ただトイレ行っただけなんで」

「そうですか? ひどく気の進まないことがあるようにお見受けしますが」

「……あんた、俺がどういう仕事してるか知ってんの?」

「もちろんです。昨夜、拠点にしてるネットカフェで、勇者様のお名前と『しんじんしょう』で検索しました」

①ネカフェに住んでるんかーい

②ググるまで知らなかったんかーい

 という二つのツッコミが同時に浮かんだが、口には出さなかった。

「あちらのトレンディ俳優みたいな紳士は出版社の担当さんですね? 勇者様ご自身は書きたくないものを書かされようとしてるところなんでしょう?」

「雰囲気だけでよくそこまでわかるね」

「いえ、普通に聞き耳立ててました」

 駄目だよ店員さんそんなことしちゃ。

「逃げましょう、勇者様」

「は?」

「映画『卒業』みたいに、手に手を取り合ってこの場から逃げ出しましょう!」

『卒業』見てんのかよ。そう言えばTSUTAYAで映画借りまくったって言ってたっけ。

 というか、

「俺はあの映画、ストーカー行為を正当化してるみたいで引いたんだけど……」

「愛があればいいんです! 最初はウザがられても最終的にくっつくならオッケーです! そして、やりたくない仕事なんかほっぽり出して異世界に逃げ込んじゃえばいいんです!!」


 すげえ……

 このお嬢さん、クズを全肯定なさる。


 せっかくトイレで覚悟固まりかけてたのに、また揺らぎ始めた。YOU逃げちゃいなよと言われると逃げたくなくなる。

①異世界モノは『逃げ』だから書きたくない。

②異世界からの使者が来いと言う。

③異世界に行けば異世界モノは書かずに済むけど行くこと自体が『逃げ』だから嫌だ。

④俺が『逃げない』ためには『逃げ』を奨励しなければならない。

 ――何なんだこの状況。


「さぁ!」

 と、ココナが劇的に手を差し出してきた。

 そこへ他の客が現れて、不審そうな目を向けた(当たり前だ)ので、ココナは伸ばした手をすすすと引っ込めざるを得なかった。

 俺はそそくさとその場を離れ、テーブルに戻った。

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