2-2 イケメンに懇々と諭された

「異世界モノは書きません」

 と、俺は一応申し訳なさそうに、しかし断固として言った。

 山田さんはひどく意外そうな、なおかつ悲しそうな顔になった。

 チクリと胸が痛む。男の俺にすら「この人だけは傷つけたくない」と思わせる不思議な力が、この人にはある。他人と接する仕事なら何でも山田さんには天職だろう。

「なぜだい、杉原君?」

「何度も言ってますけど、異世界モノは〝逃げ〟だからです」

 山田さんはほんの小さなため息をついて、

「僕も、何度も言ってるけどね」

 と、少し厳しい目をして言った。

「異世界モノにはニーズがある。君はプロとして、ニーズのある商品を作らなきゃいけない」

「それはわかるんですが」

「だいいち、君のデビュー作はハイファンタジーじゃないか。異世界『単体』を構築する力はある。それに『現実パート』を加えるだけでいいんだ。そんなに難しいことじゃないだろ?」

「そうかもしれません。というか、現実パートの有無と関係なく、ファンタジー作品には『逃げ』の要素があるのかもしれません」

「そうだね」

「でも、現実パートが付くことで『逃げ』の色が濃くなります」

「だから売れてるんだよ。現実はつらいからね。みんな逃げたいんだ」

「だからこそ、僕は『逃げない』ものが書きたいんです」

「君はまだそんな立場にない」

「……」

 山田さんから否定的なことを言われたのは初めてだった。これまではずっとおだてるような言い方をされてきたから、俺は少なからず狼狽した。

「何か世の中に訴えたいことがあるなら、ツイッターかブログにでも書けばいい。作品に主張を込めようとするなんて十年早い。君はデビューしたばかりなんだから、まず会社や世の中のニーズを優先しなきゃいけない」

「……」

「今の君は、まだシングルがろくに売れてないのにいきなりアルバム曲を出したがってるようなもんだ。そんなアーティストが成功すると思うかい?」

「……」

「逆に言えば、シングルが売れさえすれば、アルバム曲も作れるってことだけどね」

 そう言って、山田さんは絶妙に表情を緩めた。

「……じゃあ、どのぐらい売れたら『売れた』って言えるんですか?」

「やる気になった?」

「まず『売れた』の定義だけ教えてください」

「いいだろう。単行本が10巻続いたら、君の『夢』を全面的にバックアップする。約束するよ」

「……」

 10巻。

 率直に言って、やれる気はしない。今は「公募でデビューした新人の作品」より「投稿サイトで人気の作品を書籍化したもの」のほうがはるかに売れる。公募組で、しかも受賞からだいぶ時間が経ってる俺は圧倒的に不利だ。

 だいぶっていうか、10ヶ月。もう時間切れなんじゃないのか? まだ完全にはアウトじゃないから山田さんも相手にしてくれてるんだろうけど……

 本を出したい人間はいくらでもいる。それこそ掃いて捨てるほど。

 一発屋で一度終わって、その後再起できた人っているんだろうか?

「すいません、ちょっとトイレに」

 と言って、俺は席を立った。

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