第20話 君の天気予報は多分当たるから駅まで泳いでいこう
バーを出て、駅に着く頃にはもう雨が降り出していた。初めは小雨だったそれも、次第に雨足を増していく。僕は観念してコンビニでビニール傘を購入し、帰宅した。
しかし忘れてはいけないのは、僕は雫間さんと今日会ったばかりだという事。
今日会ったばかりの人間がどれだけ核心を突いた事を言っても、拭いきれない
3日間で書き上げた作品を郵便局へ持っていき、郵送する。その後でCTHPへ向かった。
子頼さんの言った通り、彼女は出勤していた。どういうからくりで彼女のクビが取り消しになったのかわからないが、どうあれ彼女が部屋にいるという事は今後それについての心配はしなくて良いという事である。ただ、自分自身が会社に対して反抗するような事をしてしまっているので、複雑な気持ちにはなる。
それからいつも通り仕事を終え、帰りに子頼さんとご飯を食べた。
たった1日彼女が会社に居ない日があったというだけなのに、もう一週間以上も会ってないような気分だった。そもそも僕なんかは週に4回しか来てないのだから、実際3日以上会わなくなることがスタンダードなのに。不思議なものだ。
「守一さん。この前はお疲れ様でした」
ビールのグラスを手に、子頼さんが労いの言葉をかけてくれる。そのまま乾杯。
僕はビールを半分ほど飲み、彼女に頭を下げる。
「わざわざ来てくれてありがとうございました」
「いえ、ずっと楽しみにしていましたから。それにしても人前で唄えるなんて凄いですよね」
それから注文した食べ物を食べつくすまで、子頼さんは僕を褒め称え続けた。嬉しいとありがとう以外の言葉が思い浮かばず、否定もせず身に余るお言葉を頂戴し続けた。
終ぞ、子頼さんのクビの件や、雫間さんとのやり取りは話せなかった。彼女の話は彼女自身のプライドにも関わる問題であるし、雫間さんの件に至っては、僕がただ騙されているだけの可能性もある話なので、早急に話さなければいけないというわけではない。だから何もかもが憶測ではなく、真実に変わった時に僕から話そう。それまでは今まで通り、子頼さんが居る日常を満喫するのだ。
店を出ると、外はもわっと咽返る様な空気に包まれていた。店の扉も外気の湿度により曇っている。よく見るとコンクリの壁にも水滴がついており、まるで雨に打たれたようになっていた。
ここ数日の雨が、今日の晴れ間に蒸気に変わり、街中をべっとりと包んでいる。霧に包まれているようだ。その所為か、空には星がなく、ただ街の光を反射するばかりで、夜とは思えぬほどの明るさであった。
「昼間はぽかぽかしていて良かったですけど、夜になったらなんだか急にべとべとしていて、嫌な感じですね」
「そうですね。それに、天気予報では今週中に春の嵐が来るみたいですから、気を付けないといけませんね」
そうなのか。テレビもつけずに籠りっ放しだったから、全く天気のことなど気にしていなかった。
灰色に霞む街を、2人は泳いで駅へと向かった。
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