(4)



「くっそ、今になって告白タイムが気になる!」

「今さら?」


 バスに乗ってから、友人が悔やむ声を出した。

 私たちはあれからも尾行を続けたものの、鉄板のデート的コースを行っているのか、行く先々には、カップルの姿が絶えなかった。尾行対象も、もはや両思い並みの距離感になっていたし。

 

 そんな中、私たちは何度二度見されただろうか。

 馬鹿らしくなってきて、結果を聞けばよくない? という結論に落ち着いたのは、野次馬するほど面白いことがなかったからだろう。

 面白い、と友人たちが思うときは、恋した友人にはよくないことが起きたときだと思う。


 そして現在、帰りのバスの中。

 今日一日を振り返ると、まあ楽しかったと思う。尾行主体だから自分達のペースで行けないことは不便だったけど、それは尾行の代償だ。

 私は心の中で、友人の告白の成功を祈る。



 *








「現在鬼は街中に進撃中。住民の避難は間に合っていません」

「そうか分かった。持ち場に戻ってくれ」


 人々が忙しなく行き交う通路を、堂々と歩く姿が二つ。

 褐色の肌に、白の長い毛を一つに纏めあげた体格のいい男性と、リュウイチだ。


「ふむ。どうやら状況は芳しくないな」

「そうだな。それで、俺を呼び出した理由は」


 街に出た鬼は、今威力の大きい大型の武器で攻撃及び追跡されているようだ。だが、長くは続かないだろう。それらに並ぶくらいの装備があったはずの場所から、脱獄してきたのだから。

 しかし、二人の男は、決してよくはない報告を聞きながらも冷静に歩いていた。


 状況が良くないと、全く悲観している風ではない様子の男に同意したあと、待機が終わったリュウイチは、道すがらよくやく理由を尋ねる。


「十年前、どうやってあの鬼が捕縛されたか知っているか?」

「いいや、詳しくは聞いていない」

「結論から言うと、人間によって捕縛が可能となったんだ」

「……特殊能力保持者か」

「そうだ」


 話は、問題の鬼の十年前のことから始まった。そこから話す時間があるとの判断か、そこから話すことが必要なのか。その両方か。


 彼らの足は外へと向かっている。

 両方共が耳に通信機をつける。組織の建物を出る以上、これより先の情報はそこから受けとることになる。


「それもたった一人」

「一人?」


 現在収容所の敷地内の攻撃も突破し、街中に出ていったという鬼。

 十年前も多大な人材を割き、犠牲者を出したという基本情報を耳にしていたリュウイチは聞き返した。

 特殊能力を保持しているとはいえ、人間一人が?


「そう、一人だ。実はそのとき同行させてもらってな。一部始終を見たんだ」


 確かな情報だろう、という口調。

 なるほど目撃者がここに、と、リュウイチはひとまず納得し、頷く。


「『彼』がやるなら一人でいいと言ってな。だから近くからの目撃者はとても少ない。三名くらいだったか」

「それは相当だな。どんな能力だったんだ」

「そうだな、端的に言えば、『催眠』」


 前を向いて互いに互いを見ることなく会話をしていたが、そのとき、リュウイチが隣を行く男に目を向けた。一瞬、ちらりと。


「相当気に触れた鬼に効くほど、強力なものだった。僅かな数とはいえ、人間が手にする能力はこれほどなのかと思ったほどだったな」

「その人が特別だったんだろう」

「そのようだったな。以来、あれほど強い特殊能力を持った人間は見たことがない」


 催眠をかけられた鬼は眠り、その間に捕縛した。そして収容所に直行だ。と、男は十年前の経緯を簡単に説明した。



 そこでちょうど、外に繋がる扉から、外に出た。

 街は不気味なほど静かだった。

 遠くからは大きな砲撃音が聞こえるが、鬼はこの近くにはいないらしい。


 辺りに人は一人二人見えるのみ。

 この辺りは比較的避難が出来ているようだ。大方住民は建物の中にでも息を潜めているのだろう。

 それが正解かは、さておき。

 問題はここから離れた、鬼が実際にいる場所だ。

 落ち着いて避難することは困難で、かなりの混乱が予想される。


「その話を聞いて俺が推測できることは一つだがな」

「聞こうか」

「俺の能力で鬼を鎮めようとしているのか」

「そうだ」


 建物を出て、直線上の道の先には鉄の柵の門がある。その向こうに、一台の黒い車が止まっていた。

 一直線の道の途中、自らの予測が当たったことで、リュウイチは静かに足を止める。それを察知して隣の男も。自然と向かい合う形になる。

 感情が表れ難い表情をしたリュウイチと、無表情であるというよりは単に真剣な顔の男。


「一つ確認だ。俺の能力は鎮静が主な能力であって催眠のような──意識を奪うような効力は二の次だということは理解が得られているか」

「もちろんだ」

「それならいい。試してみることには異存はないからな」

「そう言ってくれると思っていた」


 両人の足は再び動き始めた。「止める手立ては試してみなければ分からないからな」とリュウイチは、独りごちながら足を進める。


 リュウイチは、十年前に鬼を止めた人間については聞かなかった。

 十年前の方法をなぞる上で自分が呼ばれた時点で、死んでいるのか、またはすぐに呼べる状態でないと悟ったがゆえだ。


『対象は移動中。どうにか足止め出来るように準備したエリアまで誘導できるようにしています』


 車に乗り込むときに彼らの耳に機械を通して届いた報告が、これであった。


「今聞いても仕方がないだろうが、参考までに聞いてもいいか」

「答えられる範囲ならばいくらでも」


 二人が後部座席に乗り込むなり、車が発進する。この辺りには人がいないことと、緊急事態だからか、かなりのスピードである。

 発進する際に少なからず衝撃が来たが、舌を噛むのではないかということを気にせずにリュウイチは尋ねた。どうも隣の男は、十年前の事件に直接関わっており、詳しいらしい。


「十年前に捕らえた鬼を、なぜ今まで処分していない」


 言われるまでもなく、凶悪犯だろう。

 「裁判」などという制度は、人間だけのものであった世界では存在していたようだが、今この世界には、ない。現在あったとしても、余程のことがなければ、鬼は満場一致で最も重い刑に処せられていたことだろう。

 その制度がないとしても、もしも脱獄されればまた手を焼くことは分かっていたはずだ。


「簡単だ。処分出来なかった」

「出来なかった?」

「そうだ。なぜ今あれが外に出ていると思う。これも簡単だ。収容所内の、鬼を捕らえ収監していた部屋の、もしもの事態のためのものがあれに効かなかったからだ。つまり、あれを処分できる武器がなかったということだ」

「十年かけてもか」

「捕らえて分かったことがあった。鬼は眠っているときにこそ、その身体を覆う肌がより強固になるらしい。元々強固なものだがな。

 それに、確実に処分できるように、催眠の力を強めにかけてもらっていてな。鬼もずっと眠っている状態だったから、最終的には死ぬまで眠らせておけばいいという結論になった。鬼の寿命は百年ほどだ。もしも起きれば、処分の構想を再開だということに落ち着いた。だから実際にはこの十年の間ずっと処分しようと試み続けていたわけではない」


 鬼の年齢は、当時推測するに、八十ほどだったという。現在は九十ほどか。

 その諦めが今回裏目に出たかと、男は肩を軽くすくめてみせた。


「催眠を解いてもらい、駄目であったなら、またかけてもらえば良かったのでは?」

「そのときにはもう、特殊能力保持者は亡くなっていたんだ」

「……それなのに、催眠は続いていたのか?」

「だから言っただろう? 彼ほどに力の強い特殊能力保持者は見たことがない、と」


 鬼を処分するためにあらゆる武器を試し、計画を練り、鬼の皮膚のことが明らかになったとき、肝心の能力を持った人間は死んでしまっていたようだ。

 解いて試すことは出来なかった。


「そして、今回脱獄されたのは、起きたときのためにと用意していた兵器も効いてくれなかったからだということか」

「そういうことになる。元々、武器の類いでは殺せなかったものだからな」

「その武器の開発に十年かけるべきだったということだろう。怠慢だな」

 

 車は先ほどよりもスピードが落ち着いていた。

 外に見える人の姿が多くなってきた。いつもは混雑するほどは通っていない車が、今は混雑している。主に反対側、逆方向に向かう方が特に。


「そう言われると耳が痛い限りだな」

「いや、ジュリアンお前に言ったわけではない。上が楽観視した結果なのだろう」

「そうとも言える。──とはいえ、鬼はいつ起きてもおかしくない状態だったからな。外に出るか出まいかは別として、あれは近い内に起きていて、こちらが対処しなければならなかった」

「だが外に出なければ今回のような被害は出なかった。分かっている。今言っても仕方がないことだ。俺たちはそれに対処する他ない」


 車は、いつの間にか止まっていた。

 前方を窺うが、鬼は見えない。

 車の前には車。その前にも車。車が続く。

 だが、動く様子はない。どうやら、車内に人が見えないことから、乗り捨てて行ったらしい。街中に流れた避難を促す警報に怯えたのだろうか。

 進む方向から、次々と人が逃げてきているから仕方がないことか。


「ところで、レイジには連絡はつかなかったのか」


 この先は徒歩で行くしかないと判断した彼らは、さっさと車の外に出る。


「繋がらなかった。この前吸血鬼の事件があったろう。その後の処理の関係で、色々暗黙の了解では片付き切らないところがあってな。吸血鬼は中々に脅威となる存在だ。あのようなことが何度もあっては困るとかいうことで、レイジはそれに関わっているんだが……レイジは役目をよくしている」

「それはジュリアン、お前もだろう」

「こちらの方がよほど簡単な身の上だ。とにかく、そういうことでおそらく無駄だろう。今朝会ったのだがな、とても嫌そうな顔をしていた。やっと片付いたところで、呼び出されでもしているのではないかと思う」

「そうか」


 淀むことなく会話をし続ける二人の男は、人々が進むのとは逆の方向へ、改めて進み始めた。





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