(4)



「逃げて行った奴いたか」

「いないです」


 二手に別れて、地図上に記されているアジトを探すこと約二十分。


 レイジさんが躊躇いもなくドアを蹴破って、アジト内に侵入。中にいた強盗犯五人を瞬殺(生け捕りが基本なので、本当に殺してはいない)。

 私が壊れたドアを見下ろしつつ、一見廃墟のような建物の中を見たときには、強盗たちは全員もれなく倒れていた。


 倒した強盗たちを一ヶ所に放りながらレイジさんが聞いてきたので、中に入りながら答えた。少なくとも、ドアを通って外に出てきたひとはいない。


「これで全部か。少ねぇな」


 強盗を全員気絶させたレイジさんが、部屋内にある棚を物色し始めた。何を探しているのか。


 入り口付近の私はというと、暗い部屋の中を見渡す。

 中央にある木製のテーブルの上に置かれた蝋燭の火で、狭い室内がぼんやりと辛うじて照らされている。

 きょろきょろして部屋の中を少しずつ進むと、足に何かが当たる。

 灯りの届いていない下を見て、ポケットから取り出した懐中電灯で照らす。

 すると、強盗たちが持っていたものか、重そうな銃が落ちている。近くには、長い刃物も。

 物騒だな。

 どこで手に入れたのか、なんて考えても仕方がないだろう。こんなものが流通している場所なんて、私が思っている以上に多いだろうから。


「レイジさん――」


 武器を足で部屋の隅に追いやり、ポケットに手を突っ込む。リュウイチさんに連絡するためだ。レイジさんにも一応その旨を伝えようとしていたら――


「いやああああああああ」


 どこからか、静まり返る空間を裂くかのような悲鳴が聞こえた。

 声からしてきっと女性。


 突然のそれに、びっくりと肩を反応させ、私は出入り口に目を向ける。

 だからといって、そこから何か悲鳴の元が見えるわけでもない。声からしてそんなに近くではなかった。


「れ、レイジさん、今の」

「ちょっと待て」


 きっと私よりも早くに声に反応していたであろうレイジさんは、天井に目を、どこかの方向に向けていた。そっちから声がしたのだろうか。

 が、すぐに棚に目を戻して、また棚を探り始める。


 さっきからレイジさん何探してるの?

 「ちょっと待て」、ということは、一応悲鳴の元の様子を見に行く考えはあるということだろう。


 あまり時間が経たない内に、棚の引き出しを開けたレイジさんは目当てのものを見つけたらしい。何かを取り出して棚から離れる。


「何ですかそれ」


 暗くてその手元がよく見えないので、見る努力をするより聞いた方が早い。

 ポケットに突っ込んだままだった手で、改めて通信端末を取り出しながら尋ねてみた。


「縄」


 返ってきた答えは短いものだったが、探していた理由もすぐに理解できる代物だった。


 棚から見つけた縄を軽く引っ張って腐っていないかどうかを確認し、レイジさんは伸びている強盗たちの傍にしゃがみこむ。

 軽くっていうのは本当に軽くだと思う。なぜなら、レイジさんにかかれば縄なんて千切ってしまえると思うから。

 

 予想通り、強盗たちを縛りはじめたレイジさんを横目に、私はリュウイチさんに電話をかける。

 コール音が数回、途切れて、応じる声があった。


「……あ、リュウイチさん、こっち片付きました。はい。強盗は今レイジさんが縛って……うお」


 手早く報告していたのだが、途中で言葉が口の中に消えることとなる。

 視界が浮いた、と思ったら、その視界の反転が分かる程度には周囲を照らしてくれていた蝋燭の火がふっと消える。真っ暗。


『ハル?』


 手から落とさなかった機械から聞こえる声は、リュウイチさんの怪訝そうなもの。


「な、何でもないです。レイジさんが強盗を縛って拘束しました。それからさっき、何か悲鳴が聞こえたので、今から様子を見に行きます」


 手近な服を握って報告を続けている間に、建物の外に出た。


『悲鳴? 分かった。俺がそちらの強盗の方へ行く。様子見が終わったら、戻って来るように』

「はい」


 プツッと通話が途切れる。

 画面で通話終了を確認した私は、また口を開く。今度はここにいるひとに声をかけるためにだ。


「レイジさん、私は残ってた方がいいんじゃ……」


 拘束しているとはいえ、強盗だけ放置していいのか。よくないだろう。

 私はレイジさんの腕に座った状態で、コートのポケットに携帯をしまいこんで見上げて、今さらながらに主張。

 電話の途中で後ろから持ち上げられたのだ。電話くらい待ってくれてたっていいのに。


「残っても残ってなくても一緒だろうが」


 そうですけど。

 当然のような口調で返ってきた言葉に、ぐうの音も出ない。

 言っていることは正しすぎる。だって私があそこにいて残っていたとして、強盗がもしも逃げたとしても……。

 いやいや私だって、ちょっとくらいだったらもしものことがあっても対応できる。


「や、ちょっとくらいだったら私だって」

「どうせ降ろさねぇぞ」

「……大人しくしてまーす」


 何だろう。私は結局言い勝つなんて出来ないと思うんだ。

 それより、もう小さい子どもではないから、抱き上げる大きさじゃないっていうのは今さらなのかな。

 楽だし嫌なわけないので、自分が全速力で走るよりも断然早く過ぎ去る景色を目で追うこともせず、ただ眺めておく。

 体勢は完全に安定してるので、落ちるとかいう不安はない。


 そんな優雅 (?) な移動は結構短く。

 悲鳴が聞こえたことから、そんなに離れてはいなかったらしい。

 レイジさんが走るのを止めて、私は下ろされる。


「あそこだな」


 地面に降り立ち、街灯のある場所に来て左右を見ていたけど、レイジさんが歩き出したのについて行きながら、進む方向を見る。

 通り自体は、全体的には人通りが多いわけではなく、ちらほらと歩く人が見られるくらい。

 なのに、明らかに一部だけ違う場所があった。

 人が、ちょうど反対側の道の端に集まっているのだ。人だかりがそこそこ出来るほどだ。


 ……心なしか騒がしい。その中に、すすり泣く声が混ざっているような気がする。事件の予感しかしない。


「おいどけ」


 足が長いレイジさんはあっという間に人だかりに歩みより、足を止めずに中に入っていく。というか、レイジさんが声をかけて人だかりが若干割れた。

 レイジさんすごい、とか思いながら、少し遅れてそこに辿り着いた私も、戻りつつある人だかりの隙間を縫って中へと足を進める。


「血が……」

「死んでる」

「可哀想に」


 囁き声をいくつか拾う。

 ああどうやら、この先にあるのは命の無くなってしまった人らしい。血が、ということは、血が相当出ているのか。酷い怪我が頭に過る。


「いたっ」


 最後の最後で閉じそうになった人と人との間を急いで通った結果、前に止まっていたレイジさんにぶつかった。


「すみませんレイジさん」


 大して痛くないけど、ぶつけた鼻を反射的に一擦りする。

 対してレイジさんは何も言わない。まあ怒っているわけではないだろう。


 すすり泣きがさっきよりはっきり聞こえたので横を見ると、人垣の内側で、女の人が座り込んで顔を覆っていた。

 死んでしまった人の知り合い、なのだろうか。私たちが聞いた悲鳴は、この人のものだったのだろうか。


 それから、辿り着いたはいいが、レイジさんの後ろ姿で見えない前を、レイジさんの横に出て窺ってみる。


「……ん?」


 道に横たわっている人間がいた。ぱっと見たところたぶん人間。

 しかし、予想していた血は流れていない。街灯の光で身体の周りを確認するけど、ない。いや、別にそれはそれで、いいんだ。

 でも、血が、とか聞こえたから……。


 その人は、横向きに倒れている。

 刺されたとかいうわけではないのだとすれば、殴られた? ここ、少し入るとゴロツキと言われる、少しがらの悪い人たちがいるみたいだとサディさんが言っていた。


 でも、それにしては顔にそんな傷もないような。

 顔はというと、よく見ると青白い……というか白い。開けられたままの焦点の合っていない、生気の感じられない目は、どこを見ているのか。

 この人がこうなった原因、外傷は見当たらなくて、私は目を逸らすようにして横のレイジさんを見上げる。

 その、前に、


「だ、大丈夫? 良かった、分かる? ……良かった動ける……え、何す、」


 少し離れた場所でも一人倒れていたらしい。その人に覆い被さって誰かが呼び掛けていたところで、騒ぎが起きた。

 呼びかけていた側の人が身を起こし、横たわっていた人も身を起こしたかと思えば──はじめて見た光景でなく、つい最近も見たばかりの衝撃的な光景だった。

 人が、人に――食らいついていた。


「――レイジさん、あれ」

「ここから動くなよ」


 レイジさんが消えた。

 次に彼の姿を映したときには、めきっという音がして、レイジさんが壁に人を叩きつけている光景が繰り広げられていた。

 壁にはヒビ。どうもかなりの力でやったようだ。

 手に捕まった人はぐったりしていて、意識は失ったと思われる。


 注目すべきは、口だった。唇を染め、わずかに覗く歯を染める。

 すぐ近くの地面では、首をおさえている人がいた。

 少し呆然としているようだが、それ以外は大丈夫、か。


「レイジさ……レイジさん?」


 何が何だか分からなくて、駆け寄って彼の服を引っ張った私は、周囲に向けていた視線を上に。

 街灯の光が後ろからで、逆光で影が落ちていて少し見えにくいが、よく分からない表情をしているレイジさんがいた。

 面倒そうな色が混じっているけど、全体的にそれ以外のものが混じっている。

 けれども、私にはそれが何なのかは読み取れない。


「面倒なことになる」

「……どういうことですか?」


 やっぱり面倒そうな感情は当たりだったようで、心底面倒そうな口調で、言葉にも面倒を入れたレイジさん。

 ぐったりとした人をひっくり返して、紐で縛りはじめた。持ってきていたのか。じゃ、なくて、私は首を傾げる。

 レイジさんは、この状況が何だか分かっているようだが、私にはさっぱり分からない。


「首」


 くいっと顎で示された。

 示された方は、レイジさんが手早く縛った人だ。

 首、と言われたから、レイジさんの言葉通りに、おそるおそる近づいて首を見る。

 そこには。


「……あ」


 思わず、ガーゼが貼ってある自分の首の部分に手をやった。


 そう、光に照らされた首には、私とは違って、くっきりと見える二つの穴があった。

 皮膚を突き破っている傷からは、血が短い筋となってたらりと垂れる。


 最初に見た遺体にも、二つの穴があった。


 思い出すことは、今日聞いたばかりの事件について。その犯人像について。


「吸血鬼……?」


 ついに、死人が出た。


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