(3)



 吸血鬼は、その名前の通り血を吸う存在だ。


 だからといって、生き血を啜っている吸血鬼がいるのかどうか、というのは私には分からない。

 というのも、吸血鬼という存在がいることは知っているけれど、彼らは普段ほいほい見られるほど、そこら辺を歩いているわけではないからだ。

 生態も、公に詳しく明らかにはされていない。これは別に、吸血鬼という種族が特別なわけではないのだけれど。


 さて、L班にいるレイジさんは吸血鬼と人間の混血である。

 ということで、レイジさんも例外でなく血を飲むらしい。

 私がそう言えるのは、そうらしき場面を見たことがあるからだ。まあ、中身の見えない試験管みたいなものを取り出してあおっていたという場面だ。


 二年前までの四年間、私はレイジさんと一緒に暮らしていたけれど、今思えばそういうところは見たことがなかった。

 吸血鬼だという意識も、その頃はあまりなかったと思う。


 それで、レイジさんの身体に巡る血が吸血鬼と人間、一体どのくらいの割合なのかは分からない。

 けれども、その様子であれは血かな、と私はただ漠然と感じた。

 そこで気になるのは血の種類だった。

 「以前」はどうだか見当がつかないものの、現在共存している上でさすがに生き血を啜るなんていうのは、いつでも弱者の立場にある人間たちからすると、あまりよろしくない。


 吸血鬼に限らないかもしれない。他に血を必要とする種族もいるようだから。裏のルートでこそこそやっている分は知らないけど。


 けれど、血を必要とする種族のため、きちんと献血での協力や、動物から抜かれた血は手に入れることが出来るらしい。

 これはリュウイチさんに聞いたこと。それに動物をそのまま買って、血を飲んだり抜いたりすることは可能だろう。


 では、そのことをなぜリュウイチさんが教えてくれたのかというと、私がレイジさんの試験管みたいな容器の中身に興味を抱いたのが分かったらしい。

 そっと教えてくれた。「あれは動物の血だ」って。

 本人に聞きかねないと思ったのだろうか。さすがに私だってそこはアウトのラインかなと考えてた。

 まあ、とりあえず、疑問は解消された。

 やっぱりあれは血で、動物のもので、レイジさんが吸血鬼なんだなって実感したりもした。



 *






「吸血鬼ですか」


 首をなんとなく軽く擦りながら、その種族の名前を繰り返す。


 私は現在、L班に割り当てられている部屋に来ていた。

 ほとんど毎日となっている仕事に来ると、リュウイチさんが、昨日私が被害者となったとある事件のことについて教えてくれた。


 まとめてみると、吸血鬼によるものかもしれない、通りすがりの人の血を短い時間で吸って去っていく……という事件らしい。

 なんてこった。いたずらなのかな?


「まさかハルちゃんが被害に遭うとは」


 テンマさんがすごい確率で当たったね、と全く深刻な感じもなく、言った。


 まあ、確かにそうとも言えるかも。

 私はざらりとしたガーゼの感触を確認して、首から手を離す。

 痛みはないが、傷──見事な歯形が残っていた。怪我はその箇所と……意外と深めだった一直線の切り傷。


 ゆえに、話を聞いたあとの私は内心少し首を捻る。

 私は、血を吸われたというよりは、噛みつかれただけのような。それに、あれは吸血鬼じゃなくて人間だったと思う。


 ──問題は、その前に眼前に現れ、素早く消えた、切り傷を残していったと思われる方か。あれは──


「災難だったねハルくん。まあ相手はいたずらの要素が強いみたいだから良かった良かった。それより昨日は随分拘束されたんじゃないのかな? 事件の状況について聞かれたりして」


 今日の仕事に関して書かれているだろう紙を、サディさんが経由して渡してくれる。


「まあそうでしたね」


 紙を受け取りながら、昨日のことをちらりと思い出す。


 昨日はあれから待つこと十数分、おそらく同じ組織に属している人たちに詳しく話を聞かれた。

 それはもう、思い出せるところまでぎりぎりを掘られる形で。

 それから、血を抜かれたり機械に通されたり色々検査をされた。

 あれは何だったのだろう。健康診断?


 そのとき聞いた話では、私の周りを歩いていた人の何人かが、黒い姿を見たらしい。私も見たあれだろうか。

 短い間で姿を消した、異様な黒い姿。あれが、吸血鬼なのだろうか。


 とにかく、病院に運び込まれて目が覚めるまでにも時間が経っていた上でのことだったので、聴取の時間やらを含めると、そこそこ長かったことは間違いない。


「けっこう長かったですよー……あ、レイジさんだ」


 がちゃりとドアの開く音がして、首を巡らせて見ると、レイジさんが入ってきた。

 近づいてくるのを見ていたら、


「何だその首の。どうやったらんなとこ怪我すんだ」


 首の手当てを見て、レイジさんはかなり怪訝そうな顔をした。普通なら、転んだりしても怪我はしないだろうと思われる部分だからだろう。


「ハルくんが、昨日例の事件の被害に遭ったみたいだよ。学校帰りだったんだって。それで昨日は病院に運ばれて長く拘束されてたみたい」

「……は?」


 私が答える前にサディさんが答えてくれた。

 聞いた側のレイジは、私の横に腰かけようとしていたところ、らしくない呆けた声を出して、私の方を見た。


「です」


 目が合ったため、私が肯定の言葉を短く発すると。


「見せろ」

「え」


 ぺり、と剥がされたのはガーゼをとめていたテープ。

 気がつくと、横に座ったレイジさんの顔がかなり近くにあった。

 険しい顔と目が向けられている先は、目が合わないことから下。首だろうか。


「成り損ないか……」

「なり……?」


 じっと視線を注がれていた時間は数秒で、どこか安堵したような呟きを残して、レイジさんはテープをはり直して離れていった。

 何て言ったの?

 レイジさんを見上げるも、ソファにもたれかかった彼は妙に険しい顔をするばかりだった。


「この話は終わりだ。レイジも来たことだ、仕事に入るぞ」


 レイジさんが来たことで、リュウイチさんが立ち上がりながら、私たちを促した。



「……でも今日ってまだ被害者出てないんだよね確か」


 通路に出て、違う話題について話していたサディさんが、ふと数分前にしていた話に戻った。

 吸血鬼が犯人かもしれない事件だ。どうも、毎日起きているらしいのだ。


 サディさんの前を怠そうに歩いているレイジさんが、応じる。


 

「毎日被害者が出てるわけでもねぇからな」

「そうなんだ。じゃあもしかすると今日はなしっていうことかな。不定期なのは被害者が少なくていいと思うんだけど、予測し難くなるからその点では困ってしまうよね。まあ困ってるのは今その事件に当たっている班かな。御愁傷様だ」


 サディさんが、肩をすくめる。

 

「確か今街に毎日巡回しに行っているんだよね。けど出現場所も確実に掴めないんじゃ、不利に決まってる。そういえば今日行く場所って結構ゴロツキっていうのかな、少し乱暴者が集まってる場所なんだよね……」

「ああそうだった。今夜捕まえる強盗一味はこれから強盗に行く計画が二ヶ所あって、一味自体も二ヶ所に別れているようだ。これが地図だ」


 脈略なくも、L班の担当事件に話題を戻したサディさんの喋りの途中で、一番前を歩いているリュウイチさんが足を止めた。

 私たちも足を止めることになる。

 皆の視線の先のリュウイチさんは、スーツの中に手を入れながら、今日の仕事内容について補足した。

 最後の言葉と共にスーツの中から出てきた手には、折り畳まれている紙が。


 リュウイチさんはなぜかそれを私に渡す。地図はその一枚だけらしい。彼の手にはもう何もない。私は首を傾げる。


「時間に遅れるわけにはいかないから、確実にやる。ハルはレイジと。もう一つの地図はサディが持っている。サディなら解読出来るだろう」

「まあすごくずれていたりしない限りはね。まったく、地図問題は何とか出来ないかな? でも仕方がないか、いつの間にか道が出来てちゃったり、建物が徐々にずれていったりしてるんだもんね。追い付かないというかもうそれは諦めちゃっているのかな」


 この世界がどのくらいの割合でいくつの世界と交わったのか、誰か把握していたりするのか分からない。

 とりあえず、サディさんの言った通り、この世界……というか、この街は変わり続けている。

 まだ交わっている途中なのか。交わり切っていない部分があるのかは分からないけど、まるで地面や建物が生きていると錯覚するかのように、街は変わり続けている。


 どうやら、私の今日の仕事に主な仕事は、道案内になるらしい。

 レイジさんと一緒なのに、強盗捕縛に役に立つことがあるとは思えない。

 それでも一応、仕事のときに机の引き出しから取ってくる小型の銃を腰にあることを、手で触って確かめる。紐をつけて首に下げた、特殊能力使用許可証も。

 もう片方の手では、地図を広げる。

 うん、今日も私の頭の中の地図は良好らしい。見た地図の箇所が頭の中とリンクしたのを感じて、一人頷く。


「強盗達がアジトを出るのはおそらく一時間後だ。計画のために全員が集まっていると考えられる。一人も逃すな」


 「本当に全員集まっているのかいないかはその後に本人達に聞けばいい」と、リュウイチさんは前を向いてまた歩き出した。


 どうでもいいけど、情報網がすごい。どこからその計画は聞いたの?

 もしかして、誰かが入り込んでいる、みたいなことがあるのだろうか。

 




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