(6)
レイジがその場に着いたとき、また人狼の遠吠えが聞こえているところだった。
声を耳に入れながら、彼の目は何も見逃さないように、周辺を舐めるように動く。
見逃すことなく、大きな姿を捉えたとき、獣は大きな爪の生える腕を振りかぶっていた。
爪の向かう先にいる姿を認めて、レイジは改めて屋根を強く蹴ってそちらの方に飛ぶ。
人狼の爪が、力なく横たわる少女に触れる寸前、強烈な蹴りが人狼を襲う。たまらず人狼は後退する。
その隙にレイジは人狼と、ぴくりとも動かずにうつ伏せに倒れているハルカとの間に立った。
ちらりと後ろを見下ろした目は、薄く開けられてはいるものの、焦点の合っていない目を捉える。
そしてその下の地面に、肩を中心として血溜まりが出来始めている様子を。
レイジは小さく舌打ちをして、眉をひそめて人狼に向き直る。
「見たとこあっちのより弱ぇな」
軽く一蹴りした程度で十数メートル後退した獣を見て、指をぽきりと鳴らす。
「やってくれたな、てめえ」
悪人のような言葉、一段低く落ちる声音。
月の光が耳のピアスに反射したかと思うと、レイジの姿は倒れているハルカの近くから消える。
一瞬後、その姿は人狼の眼前に現れ、その頭に改めて膝蹴りを食らわせていた。吹っ飛ばさないように手でその後頭部を掴みながらである。
鈍い音。
頭の骨にヒビがいったかそれとも砕けたか、とにかくそんな類の音だ。
さらに、ぐらりと人狼が揺れている内にその両腕を手でへし折り、膝の骨を蹴りで粉砕する。
数秒後、その場にあったのは地にひれ伏した獣と、それを見下ろす男の姿だった。
「注意不足で殺したってことにでもしてぇくらいだ」
意識の無くなったそれを足で軽く蹴って仰向けにしながら、ありえない方向に折れ曲がった腕や足を確認しながらレイジは呟く。
死んではいなさそうなことと、動かないことを確認した彼は、くるりと後ろを向いて倒れている人物に近寄る。
膝を折って様子を見る。
「……まずいな」
小さな背中に、刺し傷のようなものが一つ。おそらく爪で刺されたのだろう。
肩は、ちぎられてはいないが噛みつかれはしたようで、血が止まらない。地面に広がり出しているものは、肩からのものだろう。
指は、地面を掻きむしったからか血が出ているところが。
焦点の合っていない目は約一分前と同じ……。
それらをざっと確認して、レイジはその身体をそっと抱き上げる。
動かしたその瞬間、微かな呻き声がした。
レイジは声を耳で拾いながらも、自分には小さい身体をとりあえず腕一本で支えて、耳につけている通信機に手をかける。
「リュウイチ」
『――レイジか、どうだった』
「生きてるが肩を噛まれてやがる。血が止まらねぇのが問題だな」
『すぐ病院に運んでくれ。人狼は』
一度両手で抱え直した少女の青白い顔をちらりと見下ろしながら報告したレイジは、すでに屋根に飛び乗っており、自分が伸した人狼の様子を伝える。
「一応生きてる。動けないように足全部折った」
彼にとっては全て足という認識だった。
「壁も地面も壊してない」
『今回は多少覚悟していたんだが、そうか。じゃあハルを頼む』
「……ああ」
通信が切れ、レイジは一層走るスピードを上げた。
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