(2)


 基本的な作戦はこうだ。

 機動力のあるレイジさん、テンマさん、そしてフェイさんは、どこに人狼が現れてもいいように各方向に配置。

 他の人員の前に人狼が現れたら、直ぐ様報告。見失わないように追跡するのは難しいだろうけど、場所さえ分かれば、機動力のあるひとが来てくれる。

 実際に人狼を捕獲するのはきっとレイジさんとフェイさんだろう。


 

 すっかり陽の落ちた街中、プラス一名のL班は外に出た。

 私は一人、ニ件目の事件が起こったあたりのエリアに来ている。耳につけた小型の通信機から、時折、他の場所にいる人の声がする。


『まあ言ってしまえば暇だよね。暇。問題の人狼が事件を起こす前に狼の姿でうろうろしてくれていればいいけど、それはあまり考えられないし。けど同じような時間に行っているなら、何かしらのこだわりなり、拘束事項があるのかもしれないね。人狼って組織の中にも見ないし、一般の情報は少ないしで……あ、一人いたね確か人狼。今日逃がしちゃったりしたら彼に色々聞いてみるのもありだね。答えてくれるかは別として』

『そうしないために今いるんだろうが』

『もしもの話だって。だって時前に見つけられない限り、起こった瞬間を狙うしかないんだから、こっちが明らかに不利でしょ? 今から計画立ててたって無駄じゃないと思うんだよ僕は。大体僕なんて戦闘能力まるでないしね』

『四つ目があるんだ、活用したらどうだ』

『目が四つあっても移動が追いつかな……』

『レイジ、サディ、無駄口を叩くためにつけてるのではないことは分かっているな』


 耳に機械をつけているため、勝手に入ってくる会話を音楽を聞くように流し聞いていたら。

 関係のない話に逸れていくかと思われた会話は、リュウイチさんの声が割り込んだことによって、会話そのものが途切れることになった。

 怒られた。

 それに密かに笑ってしまいながらも、私は人通りの少ない通りをゆっくり歩く。


 さすがに犠牲者を出したくないということはあるので、街中に注意喚起がしてある。

 人狼が犯人ということもあってか、事件があった場所の近く……あまり出歩かないように公表したエリアには人は少ない。

 人間だけでなく、他の種族もだ。


「九時五十分、と」


 腕時計の針を一人読む。


 事件が今夜も起こるなら、起こってもおかしくない時間帯が刻々と近づいている。

 人が減ったこの辺りで、また事件は起こるのだろうか。

 それともこの辺りへの注意喚起を知っているかもしれない人狼は、もっと遠くで事件を起こすだろうか。もしくはもう起こさないだろうか。


 そもそも今回の人狼が補食目的でないとすれば、なぜ人々を襲っているのか。

 あてもなく歩く中、これまでの事件のことを思い出す流れで、そんな疑問が頭に浮かんだが、すぐに消す。


 誰もが、こちらが納得できる理由を持って、犯行に及んでいるわけではない。

 現に、少し前の私の学校での事件は、教師の偏った思想によるもので、私には到底理解出来なかった。

 その前の、犠牲者に十字の切り傷を負わせて殺した、腕の部分が刃物だった甲殻類的な種族の人だってそうだ。

 ただ切れ味を試したかったから。

 普通に試すことでは飽き足らず、大した抵抗も出来ない生きた人間を選んだ。これなんてもう全く理解出来ない。


 だからか、交じったこの世界では、何十年経とうとも犯罪が絶えない。それ以前の、人間だけだったという世界でも犯罪はこんなにも起きていたのだろうか。増えたのだろうか。


「……どっちでもいっか」


 街灯に薄く照らされつつ、息をつく。薄っぺらいコートのポケットに手を突っ込んで、目は絶えず動かしながら、足を運んでいく。


 さて、私がもしもここで人の姿のときの人狼さんにすれ違ったとしても、きっと私は分からないのだろう。鼻が効くわけでもないし、見分ける方法も知らない。

 サディさんだったら、知っていたりするのだろうか。どうだろう。種族種族で、自分達の情報をブロックしてるところもあると聞くし……。

 そろそろ、こういうときのために情報を共有すべきだと思う。

 現実はそうもいかないのだろう。私が思っているより世の中はややこしい。でないと、私が思うことなんて、今までで何度か話には出ているだろうから。


 とりあえず狼になった人狼を見かけたときというのは、同時にきっと私が獲物になる確率が高まるということも意味している。

 鎮静能力を持っているリュウイチさんや、何か実験途中の怪しい薬持ってそうなサディさんであれば何とか出来そうだ。


 私はというと。

 腰には正式に雇われる際に渡された、小型の黒い銃が下げられている。

 けれども、これは今回役には立ちそうにない。腰にある固い感触を触って確かめながらも、私だってそれくらいは分かる。


 もう一つ、私の自衛手段の特殊能力の「催眠」は……人狼は遠くからでも目を合わせてくれるかということにかかっている。


 戻ったら、今回の不安を元に装備強化してもらおうか。

 武器研究室に行こう。何度かあそこにも手伝いに行ったことがある。

 そういえばそのときに言われた……。装備について聞かれて答えたら、「そんな軽装備で出てんのお!? ありえないわ。持っていきなさいよこれ。試作品なんだけどね簡単な熱線銃」って。

 断った。簡単な、と言われてもすごく大きくて、重そうだった。

 私の腰にある銃と熱線銃の境目のものが欲しい。


 ……まあ、何が言いたいかというと、願わくば人狼さんこちらに来ないで。私を獲物にしないで。私の役目は、そっと見つけて、そっと応援を呼ぶだけなので。





 そしてそのときがやって来たけれど、そんなことを考えていた私には突然すぎた。


 ウオオオーン


 どこかで上がった遠吠え。

 確かに聞こえた声に、私は一度肩を跳ねさせ空を仰ぐ。見上げたところで、夜空以外に何が見えるわけでもなかった。


 私の耳で聞いた感覚では、人狼が吠えたのはこの近くではない。おそらく。

 それでも、意味もなく目をさ迷わせずにはいられない。


『――何処だ』


 よく通る遠吠えが街に響き渡り、消えようとしたときに、耳につけた機械からリュウイチさんの鋭い声がした。

 リュウイチさんは、はじめは一件目辺りに向かったはずだ。


『僕が近い。一件目の……南。でもそこよりけ、結構離れてる』


 応じたのは――顔を合わせてそんなに経っていないし声もそんなに聞いたわけではないけれど――初めて聞いた、少しきりっとしたフェイさんの声だ。

 遠吠えを元にそちらに向かっているようだ。どうやら人狼に一番近いのは彼らしい。


『ヘタレ、逃がすなよ』

『わ、分かってる』


 フェイさんに圧力をかけるレイジさんも、おそらく声を元に人狼を追い始めている。


『犠牲者発見したっす』

『どの辺りだ詳しく報告しろ。人狼は見えたか』


 一足早く、出てしまった犠牲者を見つけたテンマさんが、リュウイチさんの言う通りに現場の位置を手短に報告する声がして、それから少し、


『ちょっとまだ……あ、いた!』


 歯切れの悪い口調で応じた気弱な声は、人狼の姿を捉えたことを端的に表すものになった。


『追いつけそうか。レイジは何処だ』

『お、追いつくにはもうちょっと時間かかる。やっと見えたくらいだから』

『フェイが見えた。ヘタレ、スピード上げろ馬鹿が』

『了解。そのまま捕獲に当たってくれ。サディとハルは現場の位置を聞いていたな? すぐに来るように』


 矢継ぎ早に耳元で交わされる声によると、どうも吸血鬼の血を引く二人は合流しかけているところのようだ。


『すぐ向かうよ』

「分かりました」


 耳の機械の小さなスイッチを入れ、他の機械に声が届くようにして私も返事をしてから、またそのスイッチだけを切る。

 さすがにこんなときにはサディさんは長く喋らずに返事だけだった。


 リュウイチさんの言葉を受けた私は、早速テンマさんが言っていた現場の位置を地図で探すべく、サディさんにもらった信用できないらしい地図をポケットから取り出す。


 四番街の……ここか。

 地図でその場所の大体のあたりをつけると同時に、頭の中ではその場所の本当の地図が開ける。

 確かに信用できない地図かもしれない。どこかしらが違う。


「こっちかな」


 頭の中に開けた地図で見つけた近道をすぐそこに見つけて、そちらに足を向ける。


 人狼は近くにはおらず、安心満載の腕利きが追っていることあり、緊張の糸は解れてきた。

 時計を確認すると、一件目と二件目が起きた時間より早い時間だ。本当に規則性がない。

 事前の巡回もむなしく今夜も犠牲者が出てしまった。

 元々巡回には全員期待してなかったものの、これから行く場所に無惨に食いちぎられている遺体があると思うと、何とも言えない気持ちになる。

 だが唯一の救いといえば、人狼が見つかった今、もう事件解決はすぐそこだということだ。

 姿を捉えておいて逃がすような面子ではない。特にレイジさん。


「こっちにいなくて良かった」


 犯罪が多い世界、けれども巧妙に細工された犯罪というのは、私はこれまでではあまり見たことがない。

 罪を犯したという意識がないからか、隠れようとかいう意志があまりないらしい。やはり何かしら感覚がずれているのか。


 しかし、人員不足だと聞き続けているのに、私の仕事先が成り立っているのはだからなのかもしれない。

 犯罪は多いが、余程の相手ではない限り、そう日数をかけずに事件は解決する。


 でたらめな地図とはいえ、どこがどの場所かは大体示しているそれを見ておかなければ頭の中の地図は開けない。

 だから、地図の印刷された紙を手に持って見ながら私は歩く。


 ここも通れば近道だ。すごく細い道を、身体を横にしてそこを通る。コートが壁にこすれる。

 歩いていると、長くかかるかもしれない。

 巡回している内に結構離れたところまで行っていたようだと察し、細い道を通り切って、走るか、と足に力を込めた私は――。




 ここにいないはずの生き物を見る。






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