『人狼さん、こっちに来なくていいです』

(1)




 写真が一枚、テーブルの上に落ちた。


「見事に食いちぎられてるな」


 数日後、何枚もある写真の内数枚を手にとっていたレイジさんが呟き、また一枚、手にしていた写真を放った。

 写真は、テーブルに散らばっている別の写真の上に、音もなく舞い降りた。


 L班の部屋、事務作業用の机が並べられた空間の横、ソファで四角くテーブルの周りを囲んだ空間に、私含めて五人がそれぞれ座っている。


「これでニ件目か」


 リュウイチさんも、写真を見て呟く。


 テーブルの上にある写真は、全て悲惨な遺体のものだった。腹が食いちぎられて中が見えたりする。

 角度だけを変えた写真と、別の遺体の写真が入り混じる。


 犠牲者はすでに複数人に及んでいた。

 一件目は私が見つけたその日、犠牲者は人間の女性だった。ニ件目は魚人の男性。

 どうやら今のところは種族、性別は関係ない。

 また、食いちぎられていたとはいえ、その断片は近くに落ちていたことから、捕食目的ではないと考えられる。


「事件の時間と思われるときには必ず遠吠え。ただの狼とは考え難いっすから、おそらく人狼っすね」

「困ったね。一昨日と昨日で連続だよね。普通にこのまま考えるとすれば今日も起こっちゃうかもしれないよね。でも犯人が人狼だとして、その人狼は普段人の姿で生活しているのか狼の姿で生活しているのか、はたまたもしかすると食いちぎるとしても頭だけ狼だっていう可能性も拭いきれないね。でも獣人の可能性も入れちゃったらどうも選択肢というか犯人像というかが広がっちゃうよね。ああでも一件目は爪で引き裂かれたんだったね、じゃあ人狼の線が一番だよね、だったらやっぱり普段人の……」

「サディさん、推理が途中に戻ってます」


 ぺらぺらと喋り始めたはいいが、どうもまた同じ事を言って、またそこから話が広がりそうな隣のサディさんを急いで止める。

 四つの目がぐるりと回って、彼はおっと、と言って口に手をあてて話を止めた。


「確かに、一昨日と昨日を考えると今夜も一人犠牲者が出る可能性が高い」


 犠牲者の詳細の報告書をテーブルに置きながら、リュウイチさんはサディさんの言葉に同意し、顎に手を当てる。


 行き詰まっている。今の状況はこの言葉に尽きる。こういうことは珍しくはなく、言うまでもなく、好ましいことではない。


「一、ニ件ではパターンも絞り込めない」


 今回の事件は、一件目とニ件目が起こった地点は距離的にたいして遠くはないけど、近くもない。

 今夜外に出て待ち伏せるといっても、中々無理がある。

 何しろ、推測した相手は人狼。足が速いと思われる。

 いくらそれよりも足の速い人材がL班にいるからといって、見当違いのところにいれば取り逃がしてしまう可能性が非常に高い。

 けれど、ターゲットだって性別さえ絞ることができない。


「最悪、起こった瞬間狙うしかねぇな」


 今の段階での最終手段を、レイジさんが足を組み替えながら言う。

 耳にたくさんついたピアスのいくつかに、明かりが反射して光った。


 起こった瞬間を狙う、なんて当の足が速すぎる人材だから言えることだ。

 実は昨日は巡回もしていなかった。今日はとりあえず、少なくともあと三時間以内には外に出ることが決まっている。


 私は壁にかかる時計を確認する。

 一昨日の一件目は、日付の変わる約一時間半前に起こった。

 昨日は約二時間前。

 ざっくり言うと、起こった時間はこんなものだ。だからといってぎりぎりに出始めるわけにはいかないので、余裕を持って巡回しに行く予定となっている。


「人手を増やそう」

「どこに頼むんすか?」

「J班」


 リュウイチさんが、いつもながら表情なく提案した。今思い付いたのか、それとも考えていたのか、するっと一つの班を口に出した。


 J班。


 私もL班に雇われる形になってから、他の班とも関わったことはあるから、L班の構成員としか接点がないわけではない。

 けれども、その班はおそらく知らない。


「おっそれは名案だよね。起こった瞬間もしくはそれ以前に見つけようと思ったら、機動力が必要不可欠だしね。レイジくんとテンマくんに機動力があるといっても、さすがにニ人じゃあどうしても穴が生まれてしまう。確実に捕まえるためにはあと一人かニ人は欲しいよねっていうところだから、J班に人手を借りればそれも埋まる。何しろ人狼のスピードを捉えられる人員がいるもんね。でも急に頼んで大丈夫かな?」

「問題ない。一件目のときに、もしかすると手を借りることになるかもしれないと打診していた」

「さすがっすね」


 手際の良さにと先回りに、テンマさんが感嘆の声を上げる。私も同じ事を言いたい。

 ただ、ここで気になることが一つ。レイジさんがあまりいい顔をしていない。


「ヘタレは抜きの方向でやれよ」

「何を言っている。むしろフェイのみを借りるんだ」


 フェイさんって誰だ。


 どうやら、来て欲しくないのか、レイジさんの出した名前。でもその人を借りたいのだと言うリュウイチさん。

 と、いうことはその人は、人狼を追える足なりを持っていることになる。その時点で、とりあえず人間でないとは分かった。


「あれ、そういえばハルくんはまだJ班とは会っていないのかな? まあL班とJ班は合同はあまりしないからね戦力の関係上。それこそそれ以外でハルくんが会う機会もないだろうし。フェイくんはね、」


 首をかしげる私に気づいたサディさんが、今回力を借りるらしいJ班の構成員の正体を、四つの目を笑いの形にしながらも明かしてくれる。


「レイジくんと同じ、吸血鬼と人間の混血なんだよ。ただそうだね、レイジくんを見たあとフェイくんに会うと、初見で彼の正体というか血の元の種族を当てるのは難しいと思うんだよね。何でかって言うとそれはそれはレイジくんとタイプが違いすぎてというか何というか……」


 サディさんの言葉を聞いて、私は反射的にレイジさんの方を見る。

 レイジさんはリュウイチさんとまだ話している。どうも借りたい人材というのは、聞いてみれば納得、レイジさんの知り合いと思われる。


 気になるのは、タイプが異なるという言葉だ。

 吸血鬼と聞いて思い浮かべるのはやはり何事も豪快で、大ざっ──ワイルド系だな、なんて思う私は、たぶんレイジさんの印象が強く出すぎている。

 仕方がない。私はレイジさんしか、吸血鬼という種族の人に会ったことがない。


 ヘタレな吸血鬼と人間の混血とは、人間の血の方が強いということなのか。

 何だかまだ見ぬ『フェイさん』像が、私の中で色々出来ては消えていっている。

 視界の端で、テーブルの上から写真が一枚はらりと床に落ちた。





 数十分後、おどおどした感じの男性が現れた。


「こ、こんにちは」


 背は結構高いはずなのに、猫背気味だからか、それよりも低く見える。

 眉が下がっていることが、気弱な印象をより強くする。


 レイジさんとはタイプが違いすぎる。

 フェイさんらしき――いや『フェイさん』であることは確定だろう――ひとの口から覗く、鋭い歯と印象的な赤い瞳を見ながら、私は思った。


「フェイ、応援に来てもらってすまないな」

「い、いえ。ところで……なぜ僕なんかを」

「あれあれ、ジュリアンくんったら何も言わずにフェイくんを寄越したんだね。全く彼の悪いくせだよね、手間を省きすぎる節がある。それに……」

「実は今回俺たちは人狼を追っているんだ。だがまだパターンも絞り込めていない。そこで、今夜の巡回で勝負するために人狼を追える人材が欲しくてな」

「な、なるほど」


 フェイさんは、リュウイチさんの言葉と共に渡された写真を怖々といった様子で受け取った。

 写真の端っこを指先でつまみながら、一枚一枚めくって見て、時折顔をしかめている。

 本当にレイジさんとタイプが違いすぎる。

 レイジさんなんて、風景画を見ているみたいに、表情は平然と変わらないまま、見た端から放る。


「ここでのんびりしている内に犠牲者が増えてはそれこそ冗談にならない。基本は巡回。見つけ次第捕獲。事件が起こった時間帯になれば、遠吠えを聞き逃すな」


 



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