第9話 男と女はたどりつく。

 ドラゴヴィック開拓団において救援信号が上がることは、そう珍しいことではない。

 だが、決して多くは無い。団員達は慌ただしく動き回り、開拓村に非日常の空気をもたらす。住人達もピリピリとした空気を敏感に感じ、積極的に協力を申し出る。

 そうして彼らが出発した後は、その無事を祈り、つかの間の静寂が訪れる。

 だが、今回は様子が違うようだ。




「救援信号が上がった。しかもそれはバードンさんらしい。」


 この知らせはすぐさま開拓村中を駆け巡った。

 住人達やここに来てまだ日が浅い新参者たちは、この知らせを驚愕をもって受け止める。


 「狂い鎚」バードン。

 世間ではそう呼ばれているが、ここでは違う。


 魔獣戦闘の一番槍。

 どんな魔獣が相手でも、一番に立ち向かい、愚直に突っ込む。

 倒した敵は数知れず、仲間の窮地を幾度も救ってきた。

 危険な魔境において、単身で開拓に乗り出す男。

 ドラゴヴィック開拓団の、竜に挑む者ドラゴヴィックの名を持つ英雄。

 その蛮勇とも勇猛果敢ともとれる、他の誰にも真似しようがない勇気を称えこう呼ばれる。


 「一番鎚」バードン。

 それが、ここでの彼の通り名だ。



 その彼が、救援信号を上げた。

 今までに覚えがない事態に開拓村の人々は喧騒を治められない。

 何かとんでもないことが起こっているのではないか?

 強力な魔獣が出現したのだろうか?

 バードンは無事だろうか?

 この漠然とした不安が、人々を支配していた。


 噂は噂を呼ぶ。

 バードンからの救援要請の詳細は開拓村の誰にも伝わっていない。救援には団長自ら向かった。

 すると必然的に村の警戒は厚くなる。非番の団員達も駆り出され、見張りが一人増え、二人増え、完全武装で待機している団員もいる。

 そうなれば、まだここに慣れない住人たちは不安になる。

 救援部隊が失敗しただの、魔獣が迫っているだのと、あられもない噂が広まる。

 当然古くからいる住人は慣れっこで、毛ほども心配していない。むしろ、慌てふためいている者を面白おかしく急き立てる。


「おいおい。このままじゃあ俺たちは全滅だ。これが最後の晩餐よ。」

「もし、お主にまだ生きる気があるなら、このどんな魔獣の攻撃をも防ぐ盾をくれてやろう。これさえあれば何があっても無事なはずじゃ。わしはもう長く生きたから未練はない。酒を飲んでその時を待つだけじゃ。ただし生き残ったらここの酒代はお主持ちじゃ。盾も返してもらう。」


 そう言って酒場に入っていく。

 ここを初めて訪れたいい年の商人がその盾に抱き着いて何度もお礼を言っている。

 その様子を羨ましそうに見ている人や呆れたような人、感心したように手を叩く人など、様々な人が入り乱れどんどんと騒がしくなっていく。

 いたるところで喧騒が巻き起こり、まさに開拓村の中では混沌とした状況が繰り広げられていた。




「帰ってきたぞ!!」


 太陽が大地を明るく染め上げてから、しばらくたったところで見張りの団員が声を上げた。

 その声を聞いた人々が仕事の手を休め北門にわらわらと集まって来る。

次第にその数は増え、開拓村のほとんどの人間が集まった。

 古くからいる住人達もここに来てまだ日が浅い人々も、中には団員達ですら皆一様に不安な顔をしており、どうか何事もないようにと、祈る様に門が開くのを待っている。



「開門!!」


 団員の威勢のよい声とともに、いよいよ門が開く。

 人々が門の先を見つめていると、先頭にバードンが姿を現した。


「バードンだ!」

「無事だったぞ!」

「よかった。」

「おおお!」


 各々が上げた声が重なり、歓声が北門に響き渡る。

 さらに門が全開になり、バードンの大きな体が露わになると、体中に小さい傷をいくつも負っているのが分かった。

 もちろんバードンが何と闘ったのかは集まった人々には分からないが、その健闘を称えようとそろって声を上げる。


「「バードン!バードン!バードン!」」

「「我らが英雄!魔獣を砕く一番鎚!」」

「「バードン!バードン!バードン!」」

「「挑む者は勇気を示せ!覚悟を示せ!その大鎚に慈悲は無い!」」

「「万歳!万歳!ドラゴヴィック万歳!」」


 大歓声が歌となってバードンを襲う。

 バードンは手を上げてそれに応えるが、悪戯っぽくその口元を緩ませている。

 一通りの歓声が落ち着くと、バードンに続いてゲーコレード・グワイガンが両手を上に掲げて入ってきた。その手には何かを持っている。


 目敏い者は早速それに気づく。


「あっ!あれは金瘤の瘤じゃないか!?」

「金瘤だって!?」

「間違いない!前に一度見たことがある!あんな立派な瘤は他にないだろう!」


 そこかしこで金瘤?金瘤?と半信半疑のどよめきが起こる。

 それを受けてバードンたちは悪戯が成功したようにそろって首を縦に振る。

 次の瞬間どよめきが再び大歓声に変わる。

 先ほどの大歓声よりさらなる歓声が巻き起こり、バードンや救援部隊を襲う。混沌とした状況だが、皆の顔には笑顔が溢れている。



 金瘤は未踏破領域における一獲千金の代名詞のようなものだ。万病に効く薬となることから売れば一財産になる。実際これに憧れて開拓団に来るものもいる。まぁそういった輩は大抵実力不足で、手に入れる前にいなくなってしまうが。



 ひとしきり騒いだところで、普段ならもう仕事に戻るのだが、この日はまだ誰も戻らない。

 皆、副団長のセレスが抱えている見慣れぬ女性に興味があるのだ。

 その女性は、ローブを着ており体は見えないが、確かに女性の顔をしている。眠っているようで、セレスの腕の中で魔法により少し浮かんでいるように見える。

 だが、その女性が紹介されることは無かった。



「悪いが、解散だ。続きはまた今度な。」

 団長がそう声を掛けると、そこかしこからブーイングが飛ぶ。


「ほらほら、仕事だ。仕事。無事だったんだ。それにまだ日は高いぞ。」

 そういってこの場を後にする。


 何とも煮え切らないものを感じた住民たちは、仕返しとばかりに好き勝手に噂を流す。

 やれ森の妖精だの、団長の隠し子だの、先史文明の生き残りだの、魔獣の仲間だの、中には人型の鎚だとか、ローブの下は筋肉隆々の大男だとか多種多様な噂が流れる。


 それを千夏が知るのはそう遠くない話である。




「それで、結局何があったんだ?」


 開拓団の会議室にてバードンが団長に詰め寄られている。

 いるのは団長に副団長、それに救援部隊に参加したメンバーが思い思いに参加している。

 会議室と呼ばれているが、実際はただの大部屋である。酒も置いてあるし、食事をしている者もいる。


「だから、そんな話信じられるか?蜥蜴の腹の中に卵があって、そしたら卵が消えて女が出てきたって?」

 このやり取りも既に何回目か。

 道中この話で散々喧嘩になったため、改めて話している。


「俺も意味が分からん。だがそうとしか言いようがない!」

 本当にそうなのだ。だからそうとしか言いようがない。

 だが、自分がこの話を聞いたとしたら果たして素直に信じられるだろうか?

 信じられないかもしれないな。とバードンは思う。

 だから何とか伝えられる言葉を必死に探す。

「そういえば、その蜥蜴も変だった。足は無かったし、腹の中の歯も無かった。」


「おいおい。また変な話になってきたな。そもそもあの女は何なんだ?」

「人間、だと思う。それに頭もいい。普通の町娘って感じだった。」

「は~、訳が分からないな。」

 この一向に進展しない話に呆れたのか、大剣使いの大男ビックス・シュオウが助け船を出す。

「分からないことはそれでいいではないか!その女は別に危険な訳ではないのだろう?」

「それは絶対にない。あれは邪な者ではない。」

「ワハハハ!!それだけ分かれば十分であろうよ!」

 何が面白いのか、ビックスは答えながら大笑いしている。 


 団長が大きく息を吐く。頭を掻きながら、やや投げやりに口を開いた。

「わかった。危険がないならそれでいい。ただしバードン、お前が面倒を見ろ。そして何かあったらすぐ報告しろ。」




「分かった。」

 バードンが強い瞳で頷いた。











読んで頂いてありがとうございます。

初めて小説を書きました。

感想やご指摘など是非聞かせてください。




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