第8話 みんなたたかう。
「いたか!?」
「いや、見つからない。時間的にはそろそろ行き当たってるはずだが。」
開拓団が一向に行き当たらないバードンを不審に思い周囲に偵察を放っている。
「そうなると、道を逸れたか。」
「あぁ。それに魔獣がいやに少ない。どうにも嫌な感じだ。」
この森は音を吸収する。
それにしてもここまで音がしないのは初めてだ。
何が起きているのか。嫌な予感が団員を襲う。
「とにかく、一刻も早く奴を見つけるぞ。地図を出せ。この状況だ、何かから逃げてるのは間違いない。奴の逃げ込みそうな場所はどこだ?」
地図を見ながら各々が考える。
そして周辺の隠れられそうな場所に指を伸ばす。可能性のある場所を検討し絞っていく。
「ここの大穴にはちょうどいい横穴がある。隠れるならここでは?」
「こっちの木もかなりの大木だ。登って隠れてるかもしれん。魔獣は上の気配に疎いものが多い。」
何とか数を絞ろうと検討を重ねる。
「ここだ。」
カラミツデ・テレナングが声を上げる。
「だが、そこは距離が離れすぎている。隠れられる場所も無い。」
「袋小路になっているのはここだけだ。逃げられない相手なら、ここは都合がいい。」
むぅ。と皆が頭を捻る。
団長が声を上げる。
「よし。近場からしらみつぶしに探していけ。カラミツデはそこに先行してくれ!本隊はカラミツデの意見を考慮して場所を移す!」
おう!と一斉に行動に移る。
だがどうにも嫌な予感が拭えなかった。
魔獣の群れの上を飛び越して茶色い体毛に長い鼻面の狼―
狼は唸り声を上げながら臭い息を吐き出し、バードンを見定める。
狼は身を低く、地面に這うように構え、間合いを取ったまま牽制する。
バードンが一歩近づくと、狼は一歩下げる。かと思うと一気に近づいて噛みつこうとするが、今度はバードンの剣を警戒して一瞬で身を退く。
豚鼻狼の息は毒を孕む。正面から打ち合ってはならない。
しばらくこの状態が続くとバードンは焦る。
この狼は非常に慎重で、攻撃が届かない。
バードンはここから動けないし、狼はそれを理解している。
後ろの魔獣が痺れを切らす前に仕留めなければならない。
攻めるか、待つか。行動の結果を予測し、手段を探す。
極限まで高めた集中によるものか、ただの空耳なのか、魔獣どもの息遣いの間から千夏の苦しそうな声が聞こえた気がした。
バードンは剣を地面に刺し、手を上にあげて挑発する。すると狼は地面から飛び出すように襲い掛かる。
バードンはその出っ張った鼻を手で掴み、無理矢理口を閉じさせると、そのまま横に放り投げる。
岩に叩きつけられた狼はそこに大きな罅を入れ絶命し、大きく息を吸ったバードンの前に、しかし別の狼が2匹現れた。
さらなる苦戦をバードンが決意する。
狼はバードンを挟み込もうと左右に広がる様に展開し、臭い息を交互に吐く。
バードンは狼だけでなく、その後ろの魔獣の群れも威圧するように構える。
狼は先ほどの個体と同じように牽制するように前後に動く。だが、下手に動けば狼の思うつぼだ。
次の瞬間、狼の間から鳩胸の犬―
魔獣がついに痺れを切らした。魔獣の注意を引き付けすぎてしまったのだ。
バードンは飛び出すように犬を蹴り飛ばし、狼に襲い掛かる。狼の口に真っ直ぐ剣を突っ込み動きを封じる。するとそのまま剣を止めずに振り回し、もう一匹に当て吹き飛ばす。
その足元を血牙兎と野鳩犬が通り抜けた。
この瞬間、バードンが苦心して築き上げた砂上の均衡が一気に崩れる。
魔獣の攻撃がどっと溢れた。
向かう先は、当然千夏の元だ。
攻撃を防ぐには、バードンの手数が単純に足りない。
せめてその身を救い出そうと、後ろを振り返る。
「女は無事だ。暴れろバードン」
バードンの頭上を信号弾の光が満たした。
声を掛けたのは開拓団のカラミツデ・テレナング。「隠れ蓑」と呼ばれる彼は、この魔境に数々の拠点を設置し、敵の眼前ですら姿を消す、世界最高峰の隠密行動を誇る戦士である。
バードンの体から力が漲る。心の奥底から歓喜が沸き上がり、それが全身に行き渡ると、それでも抑えられなくなった喜びが雄叫びとなって現れる。
「ウオオオオオオオ!!!!!!」
極限まで振り絞った矢のように、溜めに溜めた何かを発散するように、魔獣の群れに突っ込んでいった。
救援部隊は発行信号を確認するとすぐさま馬の方向を変える。距離はそう離れていない。真っ直ぐに馬を走らせ、信号の元に辿り着くと、魔獣の群れが何かと闘っているのが見えた。
「総員!戦闘用意!突っ込むぞ!!」
団長のヴォイス・リゼルベルクが声を振り上げる。
各員が思い思いに武器を鳴らし、魔獣の群れに突撃した。
彼らはドラゴヴィック開拓団。
魔獣戦闘のプロフェッショナル。人類の限界を超えた力を持つ超常の戦士たちであり、仲間を決して見捨てない。
「どうしたっ!?こんな雑魚供にやられちまったのかっ?」
救援部隊が駆けつけ、魔獣の掃討に入りながら、暴れるバードンに次々に声を掛ける。
「まったく!腕が落ちたな!バードンよ。帰ったら久々にしごいてやるか!ワハハハハ!」
言いながら、魔獣の体を5つ同時に大剣で叩き切る。
「バードンさんが信号弾を一回しか上げないものだから、探すの大変でしたよ。だから最低3発は持ってけとあれほど言ってるんです!」
顔は笑っているが、目は笑っていない。
「バードン。あなた最近弛んでるわよ。帰ったら少しお説教ね。」
手に持った杖から炎と雷を同時に放ち魔獣を薙ぎ払う。
「帰ったらおめぇの奢りだ!覚悟しておけぇ!!」
無人の野を行くかのように、魔獣の攻撃を受けても気にも留めず叩き潰していく。
「だからいい加減私とチームを組みましょうよ。二人で行けばどんなことも乗り越えられるんだからっ。」
ヒュンヒュンと風切り音を上げ魔獣が切り裂かれていく。
「おいおい、カラミツデさんが持ってるのはまさか女か。お前いくらなんでもこんなとこに連れ込むのは感心しねぇぞ。」
蛙のように飛び跳ね、踊るよう魔獣を倒しながら、ニヤニヤとした視線を向ける。
救援部隊が思い思いにバードンに声―その大半は揶揄だが―をかけていく。バードンはそのくだらない会話が心底懐かしかった。
「掃討完了!もう何もいない。」
魔獣の掃討が終わり、安全を確保したところで団長がバードンに尋ねる。
「それで、一体何があったんだ?その死にそうな女はなんだ?あぁん?」
千夏はカラミツデと副団長のセレスが面倒を見ており、その隣にバードンの鞄もある。バードンは既に満身創痍の体で地面に倒れ込みながら答える。
「洗礼だ。時間がない。俺の鞄に金瘤の瘤がある。誰か食べさせ方を知らないか?」
金瘤の言葉で全員が心底驚愕して鞄の方に目を向ける。
「金瘤はよぉ、ここじゃあどうにもできねぇ。ありゃあ絞らねぇとダメだ。」
「頼む。なら急いで開拓村まで連れて行ってくれ!まだ1日しかたってない。今出れば間に合うはずだろ!」
バードンが焦った顔で懇願すると、千夏の様子を見ていたセレスが、バードンから目を背けてはっきりと答える。
「あと、数時間よ。森の奥で患ったのね、進行が異常に早いわ。これでは、もう、」
助からない。その先の言葉を理解してバードンは体から力が抜けた。必ず助けてやる。そう思って最善の行動をとってきたつもりだった。全ては無駄だったのか、千夏の顔に目をやると相変わらず苦しそうに呻いていた。
自分の何と無力なことか、泣き出したくなるような情けない気持ちを必死に抑えて、千夏のためにしてやれることを探す。だが、この一人っきりの気丈な女の喜ぶ顔が、バードンにはもう想像できなかった。
その悲痛な空気を感じ取った団員たちは口を紡ぐ、かける言葉が、見つからない。
「俺、薬持ってるよ。」
ゲーコレード・グワイガンの一声に場の空気が凍り付く。
「二日酔いに効くんだよね。」
そんなことは、ない。
「踊る蛙」ゲーコレード・グワイガン。彼は、こういうとこがある。
彼らはドラゴヴィック開拓団。
魔獣戦闘のプロフェッショナル。人類の限界を超えた力を持つ超常の戦士たちであり、仲間を決して見捨てない。
読んで頂いてありがとうございます。
初めて小説を書きました。
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