第3話 たまごにであった。
一体何ということなのだろうか。確かに途中までは順調にいっていたのだ。いや、順調すぎるほど順調に物事が進んだのである。なればこそ、思いもよらぬ落とし穴が最後に待ち構えているのもまた、道理なのかも知れない。
バードン・ドラゴヴィックは今まさに自分を喪失している。
思いもよらぬ状況にただ呆然と目の前の光景を眺めている。
何故、こんなことになったのか。
目の前に広がる光景は、
昼前に仕留めた大瘤熊猫―通称「金瘤」―。
その隣には、解体途中の見事な体躯の株飲蜥蜴。
さらにその横に、大人の腰程の大きさの白い卵か、繭の様なもの。
蜥蜴を解体するまでは、何の問題もなかったのだ。
皮を剥ごうと首を切り落とし、腹の中身をかき出そうとしたところで、その白い卵か何かを発見したのである。
何となく蜥蜴を仕留めたときから嫌な予感はしていたのだ。
とりあえず卵を出そうとしたところでまた、異変に気付く。
蜥蜴の腹の中は通常無数の「歯」で覆われており、その腹を蹴ることで中身を粉砕しているのだが、「歯」が無いのである。
ただ、ここまでは別にどうってことは無かった。もともと足のない蜥蜴であったし、「歯」があったとしても足がなければ意味を成さないことを考えれば、別に不思議なことではない。
問題は卵だ。まず卵かどうかも分からないが、中身を確認しようとしたのだ。軽く叩いてみるとかなり固いようで、しかも卵らしからぬ弾力がある。それに大きさに見合った重さがある。
魔獣の卵だろうな、と見当をつける。というよりもそれ以外に考えられない。
魔獣を飼いならすのも悪くないなと、実際に魔獣を使役している仲間を頭に浮かべ少し期待を込める。
もっとも、自分に同じことができるとは思わなかったので、これを渡したらどんな顔をするだろうかと考えただけだが。
では、何の魔獣だろうか?
ここで卵に光を当てる。中身が黒い影となりうっすら見えた。おそらくだが、中身は、「人」だ。
正確には「人」のような形の別の何かであろうが、卵の中に膝を折り曲げた状態で入っている。人型の魔獣なんて見たことも聞いたこともない。
蜥蜴の腹の中の卵の中から人型が出てきたのなら、それは一体何であろうか?いずれにせよまともな生き物ではあるまい。少なくとも自分はそれを知らない。
と、思考が堂々巡りを始めると、慌てて頭を振り考えを戻す。
(一体どれを持って帰ればいいのか?)
自分で自分に問いかける。蜥蜴の皮は絶対に持って帰らなければ不味い。そもそもこれを獲りに来たのだし、持って帰れないとなれば沽券に関わる。
金瘤も瘤は絶対に持って帰りたい。これを仕留めたのは初めてだし、以前に金瘤が得られたのはもう数年前だ。欲を言えば毛皮と、内臓をいくつか持ち帰りたい。
この卵も絶対に持って帰らなければいけない。まず得体が知れないし、ここに置いていく訳にもいくまい。
どうにも選びきれなくて、別の手段を考える
(全部持っていくことはできないのか?)
かなり大きい蜥蜴の皮が手に入ったのだから、荷物を全部入れることはできるだろう。
しかしここから開拓村まで運ぶとなると、危険すぎる。熊をこの拠点まで運んだだけであれ程消耗したのだ、到底身がもたないだろうし、襲われたのならひとたまりもない。
(ここに置いていって、人を連れて戻ってくるか?)
それは、無理だ。
これは意味がない。
急ぐためには荷物を置いていかなければならないし、荷物を持っていくなら、時間がかかる。
全てを持ち帰れるか、全てを失うかだ。それも失うリスクの方が高い。
そもそも蜥蜴の皮を持って帰るだけのつもりで移動しやすいよう身軽な準備しかしていないのだ。
他の物を持って帰る準備などしているはずもない。
どうにも結論の出ないままただ目の前の光景を眺めていると、腹の虫が盛大に声をあげた。
もはや頭を使うのは面倒だと、手だけを動かし解体を終える。
そして手早く片づけを終えると既に時刻は日付を超えたところであった。
どうせ持って帰れないのだからと、腹いっぱいに焼いた熊肉を押し込むと、一目散に体を休めた。
こういう上手くいかない日は決まっていつも、同じ悪夢を見る。
翌朝、昨日の卵?が夢であるように祈りながら視線を送ると、変わらずそこにあった。
あえて無視し、またしても熊肉を焼いて朝食を作ると、その美味さに驚いた。
ただ焼いて塩と胡椒で味付けをしただけなのに、とろけるような油としみ込んだ旨みが噛むたびに口の中に広がり、ひとたび喉を通れば胃の中から全身に力が漲るような満足感に襲われる。
塩と胡椒も要らないほどの濃厚な旨味だ。
何切れか口に入れたところで、他の食べ方も味わいたいとリュックから黒パンや鍋を取り出し、鍋で煮込んだり、パンにはさんだりと思いつく限りの食べ方を試してみた。
無我夢中の食事が終ると、また方針を考えなければならないが、睡眠のおかげか肉の効果か、昨夜とは違い頭の中がすっきりしているのがわかる。
なるほどどうして、この肉の味さえ分からない程に混乱していたのかと、昨夜の自分を思い出すともはや笑えてくる。
思考にふける前に軽く体をほぐしていると自然と卵に視線が向いてしまう。
(こんなもの、運んでる最中に割れるんじゃないか?)
そんな考えが頭に浮かぶ。
実際途中で割れたらどうなるだろうかと想像を巡らせると、いずれも碌な結果が浮かばない。
いっそのこと割ってやろうかなんて考えがよぎったところで、天啓の如きひらめきが浮かんだ。
さっそくそのひらめきを実践する為にまずは、卵を確認する。
様々な角度から光を当てると、どうやら中の人影は大人の背丈はあり細身の形をしているようだ。
次にこの中身がどういう状態なのか―生きてるのか死んでるのか、体は出来上がっているのか―を確認する為に、卵を揺さぶりつつ何となしに声をかけてみる。
「おはよう」
「大丈夫ですか」
「いい卵ですね」
声を出そうとしたところで、中の存在がまったく分からないのが思いのほか怖かったのか、つい緊張して自分が普段使わない言葉使いでまったく要領の得ないことを話しかけてしまった。
当然のように返事は無かったし、言葉が通じるわけがない。
だが、中で少し揺らめいたのが何度か見えた。
おそらくこの中身は生きている。
そう結論付ければ、いよいよ確認することはあと1つしかない。
準備を整え、何度か深呼吸を繰り返し武装を今一度確かめると、中から何がでてきても対処できるように構える。
例えどんな存在でも無まれたばかりの魔獣に引けを取るわけがない。
そこで意を決して、中身を見るため卵の上部に料理用の鉄串で穴を開けにかかった。
「かってぇ!!!」
結果、卵に穴は開かなかった。
全然串が刺さらないものだから、割と本気で力を入れたり、叩いたりもしたのだがビクともしない。
これではせっかく思いついた妙案も上手くはいかないかと、もはや警戒もせず、卵を揺らしたりペチペチと叩いたりと、しばらく割とぞんざいに卵をいじり続けた。
そのまま卵を撫で回していると、どうにもその表面の触り心地が気に入って、手を押しやった時のツルっと滑るような弾力を楽しんでいると、卵が光り出した。
瞬間的に後ろに跳ね跳び鎚を手に取ると、さらに距離をとり鎚を盾に、何が起きても耐えきってみせると真っ白の視界の中で、覚悟を新たに身構える。
だが、光が収まるまで何事もなく、光が去った後には卵が無くなっており、代わりに服を着た茶色い髪の、人間の女のような生き物が横たわっていた。
バードンは目を見開いて固まっている。
自分が女神に微笑まれているのか、悪魔に陥れられているのか、もはやそれすら分からなかった。
読んで頂いてありがとうございます。
初めて小説を書きました。
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