第2話 とかげさんにであった。

 大瘤熊猫を倒したバードンは今後の事に考えを巡らせる。大瘤熊猫を見つけ素材を傷つけずに倒せたことまでは僥倖だが、いかんせんその後を考えていなかったのだ。



 本来の目的は株飲蜥蜴ガブノミリザード―蛇に足が2本生えた様な大型の蜥蜴で、4つに開く口に入るもなら何でも飲み込む―を獲りに来たのであって、大瘤熊猫がいるとは思わなかったのだ。


 蜥蜴を探している時に大地の揺れと、舞い上がった葉や土、果ては咆哮まで、たまたま自分の位置からはっきり見えたものだから、これは大瘤熊猫に違いないと、つい足を伸ばした次第である。

 何しろこいつは金になるのだ。

 伸縮性のある強靭な皮に、硬く頑丈な骨、内臓は薬になり、肉は旨い。

 さらにその逞しい力瘤は最高の薬となり、食えばどんな疲れも吹っ飛び、精力増大、どんな病気もたちまち治り、体まで強くなるという。

 売ればそれだけで一財産となり、まさしく一攫千金である。

 何一つとっても無駄な物はないと言われるほどで、もっぱら「金瘤キンコブ」と呼ばれている。


 そんな訳でこいつを持って帰る手段を考えねばならないのだ。


 近くに人がいるのなら、同じようにここに駆けつけるだろうが、その気配はない。

 そもそも株飲蜥蜴は開拓村からだいぶ距離のある場所―ここまでくるのに6日かけている―に生息しており周囲に人がいない可能性の方が遥かに高い。


 すると自分一人で持って帰らなければならない。もちろんリュックなどには入らない訳だから、どうしても両手が塞がってしまう。


 そこで思いついたのが株飲蜥蜴である。

 必要なのは蜥蜴の皮のみであり、その皮を上手い事加工して即席の簡単な鞄を作り、金瘤の素材の全部とはいかないが、かなりの量を持ち帰ることができるかもしれない。皮に荷物を包んで持って帰っても皮の品質に変わりはないし、一石二鳥だろう。

 さっそくこの金のなる熊を安全な場所に運ぼうと、まずは地図を開き、一番近い拠点になりそうな場所に目星をつけると即座に移動を開始した。



 幸い大瘤熊猫が黒爪狼にやられた傷は既に血が止まっていた為、血の匂いをまき散らすことなく―それでも匂い消しを入念にかけた―何かに襲われることもなく目的地の洞窟に接近できた。

 洞窟の入り口は切り出した木や草で覆われ、魔獣除けの効果があるワダツルの草が掛けられ、周囲には魔獣が嫌がる特製のまきびし、さらに、その存在を知らぬ者から意識を逸らす魔術によって、見事にその存在を隠している。

 この見事な技をかけたであろう開拓者の顔を思い浮かべると、今から自分が無遠慮にこの中に入るのを躊躇ってしまったが、次の瞬間にはその中へと足を踏み出した。




「はぁー」



 中へ入り安全を確認すると一先ず腰を下ろし大きく息を吐く。

 大瘤熊猫との戦闘、また熊を且ついでここまで最大限の警戒を払っていた事への反動か、息を吐いたときに急に気が抜けた自分自身に驚いた。



(どうにもこれは気疲れらしい)



 思えば、金瘤の存在を察知したときから、どうにも気持が高揚していたようだ。

 その後のあまり芳しくない状況と、金瘤を仕留めたという充実感が混ぜ合わさり、どうにも余計に気を張ってしまっていたようだ。




「ふぅー」



 もう一度息を吐き出し、自分の顔を両手で挟むように叩くと、思考を正し考えをまとめにかかる。


(ここに来た目的は株飲蜥蜴の皮だ。金瘤を仕留めたのは運が良かっただけだ。確かに貴重な物だが、これはついでだ。最悪、全て捨てていくか、瘤だけ持ち帰る事も選ばねばならん。中途半端に行動しては足元を掬われかねん。)


 決して金瘤の素材を捨てたくはないが、捨てねばならぬ状況もあり得るかもと考えたところで、瘤だけならどうとでも持っていける事に思い至ると、一気に気が落ち着いてきた。


 そうしたところで、洞窟に入ってから思いのほか時間が経過している事に気付くと腰を上げ金瘤の処理にとりかかった。

 洞窟の中はかなりの広さがあって、奥には井戸が掘ってある。

 下処理を終えると、強力な魔獣ほど死んでも直ぐには腐らないため、さっそくありったけの匂い消しを巻いて、蜥蜴を探しに行った。



 幸い、株飲蜥蜴はそう時間を掛けることなく発見できた。

 というのも先程の戦闘があったところへ戻ると、餌を求めて訪れていたためだ。

 付近には餌があふれ、小型の魔獣どもが争うこともなく食事をしており、主が去ったためか、強力な魔獣はここにはいない。

 株飲蜥蜴は魔獣どもには見向きもせずに倒れた木や落ちている葉を丸ごと口に入れると、体を丸めその下についている不格好な足で自身の腹を蹴り上げて、腹の中に飲み込んだ木を砕いていく。


 腹の中に溜めこんだ個体ほど解体するのが大変なので、なるべく腹の膨らんでない個体を探す。

 すると、この祭りの様な会場の範囲から外れたところに大きな影が見えた。それは生まれつきなのか、何かに奪われたのか、足の着いていない個体であった。



「何だこいつ?」



 あまりの珍妙さについ言葉が出た。

 しかし足がない以外は株飲蜥蜴そのもので、むしろさっき見た奴よりも2周り以上大きく、金瘤並みかそれ以上の大きさがあり、ここまで大きな蜥蜴を見たことはない。

 よく見れば、腹もほとんど膨らんでいないようで、目的のためにも十分すぎる量の皮が獲れるだろうと、大鉈剣を腰から取り出し仕留めにかかる。

 身動き一つしない蜥蜴に何とも言えない不気味さを感じながらも、油断なく構えると一気に切迫し、顎下から脳天に大鉈剣を突き上げる。



 あっけないほど簡単に仕留められたことに何とも言えない憮然さを感じつつも、餌を貪る魔獣たちを横目に、拠点に戻ることにする。



 丁度太陽が傾き木々の間から僅かに洩れる光が赤く染められた頃あいに拠点に辿り着くと、意気揚々とさっそく蜥蜴の解体に入るのであった。




 それこそが彼の人生を全く別のものに変える出来事である。











読んで頂いてありがとうございます。

初めて小説を書きました。

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