第27話 たった一つの手段
(アフシャーネフのもとへ行こう。死刑囚と面会人じゃなくて、友達同士として会えるように忍び込んで)
唐突にヴィーダの脳裏にそんな考えが浮かんだのは、アフシャーネフが死刑判決を受けた翌日後の朝だった。
(そうでもしないと私、アフシャーネフが何を考えていたのか死ぬまでわからない気がする)
いい加減に外の景色も見飽きた自室の真ん中で、ヴィーダは寝巻きのまま立ち上がる。
それはアフシャーネフのためというよりは、アフシャーネフを問いただして、自分がここまで仕えてきた意味を確かめたいというやけっぱちな感情だ。
アフシャーネフが死刑判決を受けた今も、普通に許可を得て面会する手立てはあるにはある。
だがヴィーダはしかるべきところに話を通す気はなく、不法に共和国を欺いてアフシャーネフの幽閉場所へ行こうと思った。
許可を得ずにアフシャーネフに会うことに何か大きな意味があるわけでも、それをして未来が変わるわけでもない。
それでもヴィーダは誰かが決めた決定に少しでも逆らいたくて、規則を破ることにする。
一切が無駄な行為だとしても、ヴィーダは何か危険を冒したかった。
(私からこれまでの人生を奪うなら、せめて好きなようにアフシャーネフに会うくらいはさせてもらう。兄上たちの都合なんて、知ったことじゃない)
そんなやや自暴自棄な決意を済ませ、実行に必要な手立てを考える。
起訴が取り消されてからずっと何もせずに過ごしていた反動で、決断したヴィーダの思考はたいして悩まずに次へと進んだ。
(えっと、この家から出るにはミヌーの力を借りるとして、その先で頼れるのは……やっぱりリオネルかな)
この家に戻ってから一度も会っていなかったが、共和国の人間の中でヴィーダがものを頼めるのは元弁護人のリオネルだけだった。血の繋がった兄たちに手痛く裏切られた今は、リオネルとの間にあるそれなりの信頼と縁はさらに貴重なものに思える。
リオネルを頼ると決めたヴィーダは、早速リオネルに手紙をしたためた。基本的には用件だけの手紙であるので、長さは短くすぐに書き終わる。
そしてヴィーダはその手紙をミヌーに託し、占領軍でまだ働いているリオネルに運ばせた。ヴィーダが不法にアフシャーネフに会おうとしていることを明かすとミヌーは当然反対したが、渋々主人の意思に従った。
アフシャーネフのいるメフル宮殿に忍び込みたいという意味不明な依頼ではあるもののリオネルの返事は案外早く、翌日にはミヌーが手紙を持ってヴィーダの部屋にやってくる。
「ヴィーダ様、リオネル様からのお返事です」
「今読むよ。ありがとう」
急いで封筒を開け、ヴィーダは中身を読んだ。便箋にはやや丸みを帯びつつもどこか整然としたリオネルの文字がゆったりと書かれている。
「リオネル、協力してくれるって。二日後の夜が空いてるって書いてある」
ヴィーダはリオネル手紙の内容にほっとして、ミヌーに伝えた。何となく断られることはないと決め付けてはいたが、無事に話が通じると嬉しい気持ちになる。
しかし主人とは対照的に事なかれ主義のミヌーは、変則的な状況にあからさまに嫌そうな顔をする。
「そうですか。それなら仕方がないですから、ヴィーダ様の願いを叶える努力をします」
ヴィーダを馬鹿げた茶番へと突き動かす衝動は、ミヌーにはまったく理解できないらしい。ミヌーはヴィーダの願いを不可解で奇異なものとしてとらえて尋ねる。
「だけど、そんな方法で王女様に会うことに意味はあるのでしょうか?」
「どうだろう。でも裁判を受けられなかった私の気持ちをアフシャーネフにわからせる方法は、もうあんまり残っていないからね」
ミヌーを納得させることができるとは思わなかったが、ヴィーダは答えた。
自分が規則に従わない形でアフシャーネフに会うと決めた意味を、ヴィーダはまだはっきりと説明できるわけではない。だがヴィーダはそうやってアフシャーネフに会うことで、何かを大切なことを確かめたり、成し遂げたりできるような気がしていた。
ヴィーダは自分の命に執着していないアフシャーネフに、自分の気持ちぶつけなければ気が済まない。
裁判では十分すぎるほどに負けた。
ヴィーダはもうこれ以上、負けて失いたくはなかった。
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