第22話 一人残されて
(ああ、でも本当に家に帰って来てしまったのか)
ヴィーダはため息をついて、ミヌーがドアを開けていった自分の部屋に入った。
久々の実家の洋室は、ヴィーダの不在時にもミヌーがすみずみまで掃除をしてくれていたおかげでかつて住んでいた当時よりも綺麗だった。板張りの床はぴかぴかに磨かれ、うすく花模様の入った壁紙も新しく張り替えたのか染み一つない。
その広々とした室内に置かれるのは輸入品のレースカバーで彩られたベッドに、ヴィーダが女学生時代に読んでいた本の詰まった本棚やライティングデスク。そして部屋の正面に設けられた大きな出窓から降り注ぐ正午の光が、影と光をはっきりと作り出して部屋を照らす。
(私はここでこれからを生きるってこと? アフシャーネフの裁判は続くのに?)
ヴィーダは以前の自分がそうしていたように、出窓を開けた。すると屋敷の裏にある庭園から風が吹き抜けて、真っ白なレースカーテンが勢いよくはためいた。
外を見れば深く青く晴れた空が、木々に囲まれた庭園に咲く花々の上に広がっている。
この空の下の狭い世界が今のヴィーダの居場所であり、しばらくはこの館から出ることを許されないのだ。
普段のヴィーダなら、時間が空いたならこの窓の近くで本を読むことを選んでいた。だが今日はもう、あまり本を読む気にはなれずに出窓の張り出しに座る。
いつもは歴史書を読んで先人たちの行動から自分はどう生きるべきかを学ぶのだが、目指すものを失った今は何を目的に行動すればいいのかわからなかった。
(私を一人置いて死んでも、本当にアフシャーネフは何とも思わないんだろうか)
両目を強く閉じて、ヴィーダは自分を優しく突き放したアフシャーネフの最後の姿を思い出す。
一人になって見ると、兄たちに裏切られたことよりも何よりも、アフシャーネフの自己犠牲が薄すぎる情に基づくものだったということがつらかった。
死ぬ天命に従うことはどうということもないというアフシャーネフが別れ際に明かした本心が、時間差でヴィーダの胸を衝く。
(私はアフシャーネフみたいに考えられないから、アフシャーネフを一人で死なせるなんて絶対嫌だ。だけど、今の私にやれることは……)
野心に従い生きた結果背負うことになった罪と向き合い、裁判でアフシャーネフを救うために力を尽くした日々。
だがそうした努力はすべて白紙に戻され、今のヴィーダはこの家で暇をもてあます。三人の兄が支えるザルトーシュト一族の末妹としてここにいれば生活に困ることはないが、ヴィーダが望むものは絶対に手に入らない。
兄の決定に逆らう方法も懸命に考えてみるものの、冷静になって考えれば考えるほど、ヴィーダは自分にできることは残されていないことに気づいていく。
アフシャーネフの秘書官でもなく法廷で裁かれる罪人でもなくなったヴィーダには、権力も発言力も何もない。それらの力はすべてアフシャーネフとの主従関係ゆえに手に入ったものなので、彼女との繋がりを断たれればあっけなく消える。
晴天を見上げ、ヴィーダは自分の無力さを噛みしめた。責任を背負う側の人間でいたはずなのに、いつの間にか罪を押し付ける側の立場になっている自分が歯がゆい。間違いを責められながらもそれでも守ろうとしたものを根こそぎ奪われ、信じたものはすべて無価値がないと言われてしまった。
ヴィーダは負けても戦おうとしたけれども、世間は早々と見切りをつけて次の世界を歩き出す。踏みとどまろうとしても許されず、ヴィーダは犠牲となるアフシャーネフと引き離された。またそのアフシャーネフ自身も、自分の命に対する執着の薄さによってヴィーダを遠ざける。
手段を失ったヴィーダは、完全に人生を否定されても反論できずに黙るしかなかった。
(これが夢なら、もうそろそろ醒めてもいいのに)
ヴィーダは出窓に座ったまま、膝を抱えて目を閉じた。だが頬に当たる風の温さも、日差しの強さも間違いなく現実で、ヴィーダはどこへも行けなかった。
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