第18話 裁かれる意味
パルウィズが去って審理が終了した後も、ヴィーダは憤りを抑えることができなかった。
(国が滅んでも、生きていく人がいるのはいいことだと思う。でもあいつみたいな奸臣が返り咲くのはかなり許せないんだけど)
帰りの護送車の中で、ヴィーダはいらいらと腕を組む。
パルウィズが横領した国費の金額や、その金を使って彼が囲った愛人の人数を思い出し、ヴィーダは彼につばを吐きかけてやりたい気持ちになった。証言中の扱いを見る限りパルウィズは新政府の中で良い位置にいるようだが、ヴィーダとしては絶対に認められない。
だがパルウィズが残した言葉についてずっと考えているうちに、ヴィーダはだんだんと彼が言っていたことは国民の多くも感じていることのような気がしてくる。
(私はパルウィズに賛同できない。でもどれだけ私がアフシャーネフの汚名を返上しようと努力したって、みんなは今後のために王女が死ぬのは仕方がないことだと思っているのかもしれないな)
戦争に負けたということはそれ相応の代償を支払わなくてはならないし、新しい国を始めるにはしくみを変える手続きがいる。そうした前提しかない場合、アフシャーネフが善人だと明らかになっていたとしても、法廷は敗戦国を仕切り直すけじめとして彼女が死ぬことを決めてしまうのかもしれない。
(だとするとこれは勝ち目のない戦いで、私が今までしてきたことは無駄な言い訳なんだろうか。私はただ、自分の成すべきことを決めたアフシャーネフを戸惑わせてるだけ?)
アフシャーネフは死ぬべき悪女ではないことを証明すれば、共和国が批判を恐れて助命してくれるものだとヴィーダは思っていた。
だがアフシャーネフが悪女であれ善人であれ死ぬしかない存在なら、生き残る道はない。勝つ見込みがまったくないのなら、ヴィーダの行為はアフシャーネフに無駄な期待を抱かせているだけの無意味な行いだ。
ヴィーダは自分の計画の実現性が信じられなくなってきて、目を閉じて車の揺れに身を任せた。
思っていた以上に味方は少なく、世界中が敵だらけのような気がした。
◆
共和国主導の軍事裁判による処刑は単なる敗戦処理の一つとして、善悪の評価はされずに人に受け入れられるだろうと気づいた虚無感。
信じていたものを削られていくようなじりじりとした感覚は、帰って寝て翌日になっても続いた。
だが反省や今後の打ち合わせのために面会室に現れたリオネルの方は、昨日の裁判をまったく引きずってはいなかった。
「おはようございます。市場に寄ったらざくろが安かったんで買ってきたんですけど、食べます?」
朝から元気に紙袋に入ったざくろを抱えて、リオネルがヴィーダに向かい合い机をはさんで座る。ざくろはこの地方の名産品の果実だ。
「別にお腹はすいてないから、遠慮しとくよ」
「じゃあ俺だけいただきますよ。うわっ、これってわりと手がべたべたしますね。綺麗な赤色が美味しそうですけど」
ヴィーダが静かにあきれて断るのを気にすることなく、リオネルはざくろを割り紙袋に種を出しながら食べる。しかし食べ慣れていないのか、その手つきは不器用だ。
「ざくろの汁気の話は置いといて、何か他に大切な報告とかないの?」
ざくろの甘酸っぱい香りに断ったことを少し後悔しつつ、ヴィーダはリオネルに尋ねた。ちゃんと話を振らなければ、リオネルによる間食の感想が始まってしまう。
「報告ですか……。ああ、そういえば王女の裁判の方も、ちょっと不利になってきたらしいですよ。過ちを認め反省する人間性は評価されても、宣戦布告にも降伏文書にも王女の名前が書いてありますしそこの戦争責任は、ということで」
手についた果汁をなめながら、リオネルはアフシャーネフの方の裁判について軽く説明する。
リオネルの人形のように整った外見にはその意地汚い行動はまったく似合っていないのだが、今のヴィーダはそのことを奇異だと感じる余裕もなかった。
ヴィーダはリオネルの話を聞いて、昨日から感じていた不安が的中したような気がした。
「やっぱり、そういう流れになるよね……」
「今日はらしくなく弱気ですね。昨日結構やられちゃったのを気にしてるんですか?」
「うん。まあちょっとね。頑張ったってどうせ守れないなら、アフシャーネフの意思を尊重するべきなんじゃないのかなって」
軽い口調でごまかしつつそれとなく弱音を明かすヴィーダに、リオネルは言葉を選ばないわりに心配しているかのような口をきく。
それに対してヴィーダが自分の信条に自信が持てなくなっていることを伝えると、リオネルは当人比では少し真面目な顔になった。
「たしかに最初から敗北が決まっていたとしても、貴方はその結果を認めるしかありません。だけどそれでも貴方は語るべきでしょう。勝つため負かすためだけではなく、意味を考えるために」
「つまりこれは、私が結果を受け入れる方法だってこと?」
割ったざくろを手にしながらではあるがよく考えられたリオネルの発言に、ヴィーダは理解が正しいか聞き返す。
「勝つため負かすためだけではなく」という言葉は、本当は最初から知っていたはずなのに最近は忘れていた真理のような気がした。
するとリオネルはふわふわと揺れる茶髪の前髪から覗く琥珀色の瞳で、じっとどこか遠い場所を見つめる。
「ええ。でも本当のところは、貴方だけじゃなくて我々も向き合っているはずなんです。貴方たちと我々は違うのか、違わないのか。立つ場所はどうやって決まるのか。刑に服することだけが罰ではないですから」
リオネルはめずらしく、それを言ったら終わりになるような投げやりな言葉ではなく、真摯に問題に向き合った言葉でヴィーダの問いに答えていた。
法廷で裁かれる罪人を鏡として、世界と己を省みる。それこそが正義や真実といった概念に対してかなり懐疑的に見えるリオネルが、軍事裁判の弁護人を務めている理由なのかもしれない。
「そっか。そういう考え方をすれば、少なくとも無意味ではないとは思えるかも」
リオネルの表情からは特別ヴィーダを励まそうとする意図は見えず、これも彼としては一種のあきらめである可能性もあった。だがどこか突き放しつつも一方的に責め立てるわけでもないリオネルの姿勢にふれて、ヴィーダは不思議と肯定された気持ちになって安心する。
リオネルの方はヴィーダの変化を見届けたのか単に興味がないのか、再びざくろとの格闘を再開していた。リオネルの白い手が、ざくろをまたもう一つ割る。帝国内で比較すれば色白な方と言われるヴィーダであっても、領土の大半が寒冷地である共和国人の本物の美白には負けた。
「ところでなんで、ざくろってこんなに種が多いんでしょうね」
「さあね。面倒なら種ごと食べれば」
ヴィーダはリオネルの問いに適当に返事をしながら、自分がアフシャーネフを救えるか否かをもう一度考える。
(私は勝てないかもしれない。でも過程に意味があるのなら、まだ戦うことはできる)
アフシャーネフが死ぬ未来を認められるわけではない。
しかしヴィーダに与えられるのがどんな幕切れであったとしても、すべてをかけた末の判決なら素直に従おうと思う。
かつて本で読んだ歴史物語の英雄たちも、全員が勝利できたわけではない。
ヴィーダはアフシャーネフの臣下として、胸を張れる結末を迎えたかった。
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