第17話 裏切りの証言者
数日後、ヴィーダはまた裁判所で審理を受けた。
検察側は引き続き立証に力を入れており、今回はさらに証人も用意していた。
「それでは、証人は証言台へ」
裁判長の指示によって、法廷に一人の男が現れる。
(うわっ。こいつかよ)
証人が誰であるか知ったとき、被告人席にいたヴィーダは思わず毒づきたい気持ちになった。
ややひらめに似ているもののさっぱりと印象の良い顔に、清潔感のあるスーツ姿。ヴィーダよりも少し年上のその男の名はパルウィズと言い、人当たりは悪くはないが中身はひどい汚職官僚である。
本来はヴィーダと同じザルトーシュト家の与する派閥に属する外交官であったが、外交費を私的に横領して複数の愛人につぎ込んでいた上に共和国の女スパイと関係を持ったので、ヴィーダが外務省にいる親戚にかけ合ってクビにした。
ヴィーダの反応を見た弁護人席のリオネルは、パルウィズを眺めて興味深そうに軽くうなずいた。パルウィズがヴィーダとどのような関係であるのか、何となく察したのだろう。
今回の審理においてパルウィズは、ヴィーダやアフシャーネフに対して不利な証言を言いに来たのだと考えられたが、外面だけはすこぶるよい人間であるので厄介であった。
「証人は名前を答えよ」
「パルヴィズ・ビジャンと申します。以前は外務省で働いていました」
裁判長の指示を受けて、パルウィズは腰の低い態度で名乗った。ほどよく低く響く声は、内実はそうではないのに誠実さを感じさせる。
「辞められたのは、戦争が始まる前ですね。職を辞された理由を、お聞かせください」
パルウィズを証人として呼んだ検察官は、彼と目配せをしながら質問を始めた。
控えめで弱い言葉を使って、パルウィズは答える。
「私は開戦を回避するように主張していましたから、主戦派の方々からは嫌われていました。そのあたりで折り合いが悪くなったというか……ちょっと続けるのは難しいな、と」
「辞職するように圧力があったと?」
「平たく言えば、そうなります」
当然ながら、パルウィズは自分にとって都合の悪い話はしない。
(いやこいつは長いものには巻かれろ気質で、開戦回避なんていう気骨のある主張なんてしてなかったでしょうが。汚職隠して平和主義のふりをしないでよ)
パルウィズが国費を使って豪遊していたことをよく知っているヴィーダは、彼と検察官の問答を心の中で批判した。
しかしそもそもの前提が虚実ではあるが、検察官は流れとしてはさらに核心に迫る質問をする。
「あなたは開戦を回避するように主張していたそうですが、終戦後の今も大戦が起きない道があったとお考えですか?」
「十分に努力すれば、ありえたと思います」
そのパルウィズの答えは、ヴィーダが以前から主張していた大戦は自衛戦争であったという考えを真っ向から否定するものだった。
検察官はパルウィズの証言を、さらにヴィーダの罪の追求につなげた。
「被告人ヴィーダ・ザルトーシュトは、その努力を十分にしていたでしょうか」
パルウィズは薄い顔に神妙な表情を浮かべて被害者を装って証言した。
「私の目からすると、交渉を重ねるということをあまり重視していないように見えました。私はヴィーダ秘書官と良い関係ではありませんでしたから、そう感じてしまったのかもしれませんが」
ガラス張りの天窓から差し込む光が、公明正大な人物であるかのようにパルウィズを照らす。
自省しているように言ってはいるが、パルウィズは最初から最後までヴィーダを悪い立場に追い込むことしか言っていない。
後方に並ぶ長椅子に座る傍聴人たちが、パルウィズの証言の意味を考えてざわつく。
(これじゃまるで、私が戦争やりたくてやってたみたいじゃん)
法廷の雰囲気が自分に対して批判的になるのを、ヴィーダは感じた。
パルウィズはぱっと見はいかにも正しく見える男であるので、こうも好き勝手に言われるとヴィーダは本当に、人の命を軽んじ戦争を起こした悪女だと思われてしまうだろう。
有利な状況に立つことに成功した検察側は、満足げにパルウィズへの質問を終える。
そして裁判長は、今度はリオネルに指示を出した。
「では次、弁護側は反対尋問を始めよ」
リオネルは傍聴人のざわつきを意に介さずに返事をした。
「はい。では、一つ質問です」
パルウィズの辞職についての公式記録を読みながら、リオネルは話す。劣勢になっても仕事をするだけだと以前に話していただけあって、普通に落ち着いている。
「この書類を普通に読む限り、あなたが辞職となった理由は本人の能力的な資質の問題であって、外交についての意見の不一致ではないと考えられます。あなたの証言が真実であると、裏付けるものはあるのでしょうか」
パルウィズの証言は嘘が多大に含まれているものであるので、実際の記録と対応するものではなかった。
悪徳官僚だった事実を隠してはいても、その現実はどこかに透けて見える。リオネルはその点を指摘した。
するとパルウィズは、言葉少なくごまかした。
「そちらに記されているのは、あくまで表向きの理由ですから」
「では、先ほどの話も別の視点から見た場合は……」
有力な情報の提示が無かったので、リオネルはさらに追及する。
だがそこを、検察官がさえぎった。
「異議があります。弁護側は瑣末な指摘をすることで、証人を混乱させようとしています」
こうしたとりあえず質問を中断させるためだけの異議の申し立ては、弱点を突かれた際のよくある対処法である。
異議が認められるかどうかは時と場合によって違うので、ヴィーダは裁判長の様子を伺った。
裁判長は、ひげを撫でながら少々考え込んで答える。
「検察側の異議を認める。弁護側は質問を変えるように」
この局面において、裁判長は検察側に味方した。裁判長のその判断は、ヴィーダをさらに不利にする一つのきっかけとなる。
「わかりました。では……」
反論の機会を一つ失ったリオネルは、また違う質問をパルウィズに向ける。
だがそこから先も、リオネルは重要な話をしようとする度に異議を申し立てられて続きを言うことができなかった。リオネルは常に平常心である反面あきらめも非常に早いので、特にそれ以上の努力はしない。
裁判長もリオネルの質問を認めないあたり、どうやらパルウィズはこの戦後の政治の中では守られた存在であるようだ。
そうして審理は検察側のペースで進み、証人尋問はヴィーダの状況を悪くして終わった。
「証人尋問は、ここまでとする。証人は退出せよ」
「はい」
裁判長が指示を出すと、パルウィズは丁寧にお辞儀をして歩き出す。
パルウィズは、被告人席に座っているヴィーダの前をわざわざ通りかかり、そっとささやいた。
「悪く思わないでくださいよ。あの証言は私の独断ではなく、新政府の総意ですから。この国の未来のためには、誰かの死は必要なんです」
一見優しげな微笑みを浮かべて、パルウィズは最悪な内容を告げる。
どうやら新政府の人々はこのパルウィズのように、アフシャーネフやヴィーダを含んだ一部の指導者に罪を押し付けることで生き残りを図ることにしたらしい。
自分が祖国に切り捨てられるという事実は、少なからずヴィーダを動揺させた。だが今この法廷では悲しみよりも怒りが勝り、ヴィーダはパルウィズをにらみつけた。
「そうだとしても、あんたは人間の屑だよ。パルウィズ」
ヴィーダがパルウィズに、吐き捨てるようにつぶやく。
しかしいくら罵倒されても開き直った悪人であるパルウィズは少しも傷つかず、むしろ逆にヴィーダを軽く哀れむ表情で笑って立ち去った。
ヴィーダは人を馬鹿にしたパルウィズの反応に逆に唖然として、法廷を出て行く後ろ姿を凝視した。
(こうやって敗戦を利用して、うまく立ち回る人間もいるのか……)
新政府には、戦前には活躍できなかった者や失脚した者たちが集まっている。
彼らにとっては、戦争に負けたこともむしろ自分の利益になることなのかもしれない。
そうした裏切り者たちによって作られる世界では、ヴィーダやアフシャーネフのような存在は死んだ方が都合が良いのだろう。
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