第16話 王女からの手紙

 審理終了後、ヴィーダは収容されている施設に帰った。見張り役の女性兵士に手紙が届いていると言われたので部屋に戻って見てみると、机の上に白い封筒が置かれていた。


(私にこのタイミングで手紙を送ってくるのはアフシャーネフかな。サミラとか他の友達なら、手紙以外のものも送ってきそうだし)


 ヴィーダは差出人の検討をつけながら、真っ白な封筒を手に取った。

 サミラというのは女学校時代の同級生で、ヴィーダと同じように卒業後は学校教師になったため親交は深い。敗戦後も時折差し入れを送ってきてくれるが、直接会ったのは一年以上昔のことになる。


 封筒を裏返し差出人の名を見れば、送り手はやはり友人ではなくアフシャーネフであった。封蝋を開けて中を読めば、きっちりと書かれたアフシャーネフの几帳面な字が目に入る。


 内容はもちろん裁判におけるヴィーダの供述についての注意であり、アフシャーネフの罪を肩代わりするような発言を控えるようにという文章が切々と高級紙に綴られている。

 先日の車中で会った際には我慢して直接言えなかったことも書かれているのだろう。王族であるアフシャーネフの自己犠牲的な精神に基づいて書かれたその文章は、読んでいるとだんだん疲れてしまう。


(友達に罪を押し付けてまで生き延びても仕方がない……みたいなこと言われても、私だって別に嘘をついているわけじゃないしなあ)


 ヴィーダは深いため息をつき、手紙を机の上に置いた。


 おそらくアフシャーネフにとっては、今日の裁判でヴィーダが話したような供述も、リオネルが行ったような弁護も気に入らないのだろう。

 だがヴィーダは、アフシャーネフが戦争に反対していたというのは紛れもない事実であるし、その現実に反した証言をすることこそ裁判という行為にふさわしくない嘘や偽りであると思った。


 アフシャーネフが罪を語れば語るほど、ヴィーダはそれが本来は自分のものであるような気がしていた。もしかしたらアフシャーネフの方も、ヴィーダに対して同じように思っているのかもしれない。


(私もアフシャーネフも自分の実感として正しいことを語っているのなら、裁く人たちがどう判断するかに任せるしかないね)


 アフシャーネフの言葉に従う気はさらさらなかったが、返事くらいは書こうと思って引き出しから万年筆と便箋を出して椅子に座る。


 そしてヴィーダは、アフシャーネフの美しい文字とは正反対の悪筆で便箋を埋めた。

 内容はあえてあまり関係のない近状報告にし、無言の反抗を示す。現在与えられている部屋の日当たりが案外良い話はきっと、アフシャーネフを困らせるだろう。


 実際のところ、ヴィーダは手紙を読むことで送り主の意図とは逆に自分が罪人であることを再確認してしまった。アフシャーネフがどんなに責任を負おうとしても、それはそれとして結局はヴィーダは裁かれる必要のある人間なのである。


 そうした割り切った気持ちで筆を進めていると、ふと裁判中のリオネルの言葉が思い出された。


 「どうせ貴方は無実にはなりえない」と、リオネルはヴィーダに言った。

 それはアフシャーネフとヴィーダの間にあるものとは無関係な人間が何気なく口にした、一つの真実である。


 弁護人のリオネルが気づいている通り、自ら望んで戦争に関わったヴィーダはどう取り繕ったとしても罪深い。アフシャーネフが考えているよりもずっとヴィーダの人生は自業自得で、巻き込まれた犠牲者になりえない。


 だからこそ、ヴィーダはアフシャーネフとは違う戦いをしたかった。ヴィーダが望む道を選ぶことができる限り、決して妥協はできないのだ。

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