第三章
第15話 敵の追及
ヴィーダの裁判が始まって、一か月ほどが過ぎる。
当初は半ばやけっぱちな気持ちがあったヴィーダであるが、思ったよりも有利に進む裁判を受けていくうちに徐々に希望を持ち始めていた。
(もしかしたら本当に、死刑を回避できるかもしれない)
期待しすぎない方がいいと思いつつも、ヴィーダはついそんな楽観的な予想をしてしまう。
追って始まったアフシャーネフの裁判も、様子は悪くはないと聞いていた。
饒舌に相手の論理を崩そうとするヴィーダとは対照的に、アフシャーネフは粛々とした態度で同情をひいているようだ。
何となく勝手に追い風のようなものを感じて、ヴィーダはまた次の審理に臨む。
今回は検察側が提出した証拠についての話が中心で、検察側もそれなりに材料を集めてきたらしくこれまでの審理とは少し雰囲気が違った。
「こちらは昨年のゾフル会戦の後に被告人が受け取っているはずの報告書の写しです。これには捕虜への虐待や共和国住民への不当な攻撃など、交戦法に違反する行為が行われていたことがはっきりと記されています。被告人はこれを読んだことは、間違いありませんか」
「はい」
普段以上にかっちりと黒髪をかためた検察官が、裁判に提出した書類を手にしてヴィーダに尋ねる。
ヴィーダはまずは、言葉少なくうなずいた。
ゾフル会戦は共和国の東の端の都で行われた戦闘で、パルチザンの力の大きい地域ということもあり双方ともに被害は大きい。
「つまり被告人は、自国の違法行為を認識しながらも、黙認していたことを認めるんですね」
たたみかけるように、検察官がより具体的に問い質す。
「……はい。認めます」
ヴィーダは少しためらったが、これも否定しなかった。
誰がどの権限で命じ、行い、そして失敗したのか。
こういった問題はだいたい、部下は上司のせいにするし、上司は部下のせいにするものである。
敗戦を迎えてしまったリラ帝国では、この責任のなすりつけ合いによる揉め事がよく起きている。ヴィーダはその程度の低い保身のための争いに参加するつもりはなかった。くだらない人たちと同じことはしたくはない。
反論はいくつか思いつくし、正直似たような事例は共和国側も結構やっているだろうとは思う。しかしそれはヴィーダが言ってもただの言い訳にしかならないので、後でリオネルに言ってもらうのが良い形だ。
ヴィーダが反論をこらえて黙っていると、検察官は機会を伺っていたように目を輝かせる。
「ではこの報告書は、王女も読んでいますか」
それは突然のアフシャーネフについての問いかけで、ヴィーダは少々慌てた。
「目は通されています」
ゾフルでの一連の事件をアフシャーネフが知らないというのはさすがに無理があるので、正直に答える。どうやら検察官は、ヴィーダだけはなくアフシャーネフにとっても不利な供述を引き出そうとしているようだ。
「こういった行為を黙認する方針を王女も支持した、と」
「王女は反対していましたが、我々が決めたという形です」
「しかし本当に止める気があるなら、位を降りるなどの方法がありますよね。それをしなかったということは、結局は賛同したということになるのでは」
アフシャーネフを巻き込もうとする検察官の言いがかりに近い追及に、ヴィーダは反感を覚える。検察は無理な仮定をすることで、アフシャーネフの責任を問おうとしていた。
(ちょっと、それは極論すぎるでしょ。そんな勝手な行動、アフシャーネフができるわけないのに)
冷静さを失い、ヴィーダは反射的に検察官を罵りそうになる。
だがそこに、リオネルの声がはっきりと響いた。
「異議があります」
リオネルはごく普通に発言するように手を上げ、話し出した。つい熱くなっているヴィーダとは対照的に、リオネルは汗一つかくことなく涼しげである。
「王女の地位は国王代理という中途半端なものでしたし、王太子は年少の上に留学中でしたから、国内には代わりになる人物がいませんでした。こうした状況で国王代理を降りれば混乱を招きますし、それは非現実的な選択だったのではないでしょうか」
リオネルは理路整然と検察官の批判をかわしてみせて、自慢げにヴィーダに微笑んだ。
中継ぎの形で玉璽を託されたアフシャーネフには制約が多く、進退も自由に決められるわけではなかった。その点をリオネルが冷静に指摘してくれたことに、ヴィーダはほっとした。
裁判長はリオネルの反論を聞くと、検察官に尋ねる。
「検察官、反論はあるか?」
「……ありません」
「ではこの件はここまでとする。検察官、次は被告人のことを中心に発言するように」
「……はい」
アフシャーネフの責任についてこの場で問うことを、やんわりと裁判長がたしなめる。
検察官はしぶしぶと従い、話題は次のものへと移った。その後は休憩を挟み、しばらく審理を続けて終わる。
大きく形勢が変わることはなかったが、攻勢を強めてきた敵の様子にヴィーダは不安になった。
(今回は大丈夫だったけど、この調子で追及されたら反論できないことも出てきそう)
しかし、休憩中に控え室でリオネルが示した方針は気楽なものであった。
「まあここから大きく分が悪い状況になってしまったら、ダメージを最小限にするしかないでしょう。どうせ貴方は無実にはなりえないのですし」
ソファに腰掛けたリオネルが、手帳に何か書き物をしながら言う。それはあきらめからというよりは、事実として語られていた。
率直な物言いに慣れたヴィーダは、皮肉と感謝が半々の気持ちで笑った。
「リオネルはいつも現実的な話をしてくれるから、ありがたいよ」
リオネルの励ましは不安を和らげるというよりは、危機は避けられないだろうという確信を強める。
そうして敗色が濃くなる予感を残して、その日の審理も終わった。
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