第13話 車中密会
後日ヴィーダは二度目の審理を受けたが、特に初日と状況が変わることはなくそれなりに有利に進んだ。
しかし審理を終えて帰りの護送車に乗ったそのとき、想像していなかった出来事が待っていた。
「何で、アフシャーネフがここに?」
ヴィーダは座席に座りながら、驚いて尋ねた。
隣の席には、アフシャーネフがごく自然に座っている。
お忍びのつもりなのか袖のふくらんだ白ブラウスに紺色のフレアスカートという質素な服装だが、見慣れたその知的で静かな横顔は間違いなくアフシャーネフだ。
ブラウスの襟やそでに細かなレース刺繍がほどこされており、アフシャーネフのほっそりとした首や手を上品に魅せている。白いブラウスに映える濃紺のスカートは優美な曲線を描いて、ほどよい丈で脚を包んでいた。シンプルに編み上げられた黒髪もきりりと目にも鮮やかで、豪奢な姿ではなくともアフシャーネフは端然として美しい。
アフシャーネフはその凛とした美貌で前を向いたまま、ヴィーダの問いに静かに答えた。
「私だってこの国の王女ですからね。いろいろ手を尽くせば、できることはあります」
「ふーん。じゃあここに来れた理由はいいから、用事の内容も教えてよ」
「わかってるくせに、誤魔化した言い方をするのはやめてください。あなたが裁判で主張してる内容についてに決まっているじゃないですか」
冗談めかして笑うヴィーダに、アフシャーネフは鋭く言い返した。その声は、静かにヴィーダを非難している。
「アフシャーネフが私の行動を受け入れるはずはないと思ってたけど、直接文句言いに来られるのは意外だな」
予想はついていたアフシャーネフの答えに、ヴィーダは率直な感想を言った。ある程度の覚悟はしていたので、想定外のことがあっても余裕を持って対応する。
しかしアフシャーネフはそのヴィーダ以上に、落ち着き払った態度をとっていた。
「違いますよ、ヴィーダ。私は不平や不満を言いに来たのではなく、謝罪しに来たんです。私があなたを秘書官に選んでしまったことで、あなたが私の分まで悪名を背負ってしまったことを、私は謝らなくてはなりません」
いつものあの申し訳なさそうな顔をして、アフシャーネフはヴィーダの方をじっと見た。
カーテンのついた窓からは外はあまり見えないが、車内には走行音が響いている。
(アフシャーネフはこういうときにも絶対に怒らないから、逆に怖いんだよね)
ヴィーダはアフシャーネフのことをそれなりには知っているつもりだが、彼女が怒っているのを見たことがなかった。アフシャーネフの怒りの代わりに何を示そうとしているのか、ヴィーダは何となくしかわからない。
平静な態度のまま、アフシャーネフは続けた。
「でもあなたが私の罪を必要以上に被ろうとしても、それは無駄なことです。実際はどうだったにしろ、決断を求められていたのは主君の私であって、責任を負うべきなのは臣下のあなたではありません。それはどうあがいても変えられない事実です」
アフシャーネフはわざと他人行儀になって、自分とヴィーダの間に主君と臣下という線引きをする。
相手を思い遣ってい言っているはずのその言葉に、冷たさを感じながらもヴィーダは問いかけた。
「だから自分が死んでも受け入れろって、そう言いたいの?」
するとアフシャーネフは実にあっさりと、再びヴィーダが無力であることを説く。
「あなたが共和国に対して反論したいことがあるなら、自由に言えばいいですよ。これはそのための裁判でもありますから。でもきっと残念ながら、あなたのその努力は報われません」
死を受け入れる者と、抗う者。ヴィーダとアフシャーネフは互いに対照的な考えを持ちながら、向き合っていた。
(多分私は、アフシャーネフにとってそれなりに大切な存在なんだろうな。だからこうして、わざわざ謝罪と言いつつ忠告しに来てくれる)
ヴィーダはなるべく前向きに、アフシャーネフの心中を察した。ヴィーダがアフシャーネフの心中を本当の意味で理解することはこれまでもなかったし、この先もおそらくないだろう。だがそれでもヴィーダはアフシャーネフに寄り添いたかった。
だからヴィーダはアフシャーネフの肩を抱き、そっとささやいた。
「ねえ、アフシャーネフ。私は事実を曲げるつもりはないし、何もかもが誤りだったとは思ってない」
髪と髪がふれ合って、頬に体温を感じる。
声はつぶやきでも、伝えたいことははっきりとしていた。
ヴィーダは断定した口調で、アフシャーネフの忠告の前提も何もかもひっくるめて否定した。ヴィーダはあくまでも祖国の正当性を主張し、生きる道を探る。
「私はあなたも死なせないし、自分も生き残るつもりでいる」
「そんなこと、仮に可能だとしても許されないでしょう」
アフシャーネフはヴィーダの身体を離して遠ざけて、かぶりを振った。ヴィーダの考えは、極端な理想論か気休めだとしか思えないらしい。
だがヴィーダは、根拠もなく話しているわけではなかった。自分の席に退かされたヴィーダは、車のひじ置きに頬づえしながら説明を加えた。
「そうかな? 向こうもこうやって即刻処刑じゃなくて裁判にしたってことは、それなりの正しさが欲しいんでしょ。あなたも私も悪女じゃないって国民にわかってもらえば、助命の願う声が生まれる。そうやってこれで殺したら批判されるかなって共和国に思わせることができれば、無罪は無理でも死刑は免れることができると思うけど」
この考察は以前から何となく持っていたことであるが、実際に裁判を受けてからはより確信を強めていた。勝者の共和国は偏った思想を信じつつも、同時に他者の承認も求めているからこそ裁判という場を設けた。共和国以外の出身者が判事に選ばれていることも、その表れである。
そうした共和国の姿勢を逆手にとれば、完全に勝つことはできなくても目的は果たせるかもしれない。
「人々が純粋に善悪の問題しか考えないなら、確かにそうですね。でも私が死なずに生き残ることを、そんな良心に訴えるかたちだけで納得してもらえると思いますか?」
無理はあるものの具体性がないわけではないヴィーダの論理に、アフシャーネフは冷静に反論する。彼女は処刑によって死ぬ意味だけを理解し、生き残る意味を見出してはいなかった。しかし死を覚悟したようなことばかり言うアフシャーネフも、生きたい気持ちがないわけではないはずだ。
ヴィーダは常に落ち着きすぎているアフシャーネフの心を和ませようと、軽く笑って混ぜっ返した。
「そんなに気にしなくていいよ。私は全部が全部、あなたや国のことを考えて行動しているわけじゃない。私が納得できるかどうかの問題だから」
冗談めかしてはいるが、これは本当にヴィーダの本音だった。アフシャーネフが何と言おうとも、ヴィーダにはヴィーダの線引きがある。
アフシャーネフはもちろんヴィーダの姿勢を認めず、さらなる反論を試みようとした。
「そんな理屈で……」
しかし、そのとき車が停車し、ドアが開けられた。ヴィーダが収容されている施設の前に着いたのだ。
ドアが開くと、外の光がカーテンによって隠されていた車内に差し込む。外はもう夕方で、太陽は赤くまぶしかった。
「じゃあね。そっちはそっちで、頑張って」
ヴィーダは議論を打ち切ってさっさと外に出て、車のドア枠に手をかけて別れを告げた。
社内に残されたアフシャーネフが不服そうに何かを言いかけるが、ヴィーダは聞かずに背を向けて去った。
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