第11話 裁判一日目
数十分後、ヴィーダは予定通り法廷で裁判を受けていた。
今回の軍事裁判が行われるのは帝国で一番大きな法廷で、細々とした装飾が施された黒檀の柵や机が真っ白なしっくいの壁に照り映える、広く重々しい空間だ。吹き抜けのように高い天井には模様の彫り込まれたガラスでできた天窓があり、太陽の光が燦然と部屋全体を照らしている。
(昔、女学生だったころに授業の見学で来た気がするけど、そのときは自分がこうして裁かれるなんて思ってもみなかったな)
陽の光を通して輝く天窓を被告人席から見上げ、ヴィーダはしみじみと考えた。
ヴィーダの座る被告人席は法廷の大体真ん中にあり、左手には弁護人のリオネル、右手には検察官がいる。そして正面の高い場所にある長机からは真っ黒な法服を着た裁判長や判事がずらりと法廷を見下ろし、後方に階段状に並ぶ椅子には傍聴人が座る。
傍聴席に座る人々は、虐殺女は死ねだとか、反省の色が見えないだとか、好き好きにヴィーダを罵っていた。そこにいるのはもちろん同じ帝国民であるが、敵の共和国人よりもずっと彼らが一番ヴィーダを憎んでいる。
根深い国民の恨みを背中に感じ、ヴィーダは再び重苦しい気持ちになった。裁判所の入り口でにらんできた少女の目を思い出しそうになるのをこらえて、つばを飲む。
(私はアフシャーネフと違って自分で選んだんだから、今は我慢しないと……)
罵声に心が折れないように、ヴィーダは自分に強く言い聞かせた。平常心を保つための心の準備は、先ほど控え室で済ませてある。
(ところでリオネルは……うん。やっぱりこの雰囲気でも通常運転だ)
気を紛らわせようと弁護人席のリオネルに目を向けると、案の定被告人への中傷などはどこ吹く風の呑気な表情で書類の確認をしている。少しはヴィーダの心境を気にしてほしいところだが、空気を読まないのもここまでくると逆に心強い。
「裁判はもう始まっている。静粛に」
あまりにも騒がしいので、ひげが立派な壮年の裁判長が廷内を鎮めるために声を張り上げる。木槌の音が何度か響くと、人々は徐々に口を閉じた。
法廷が厳粛な裁きの場にふさわしい静けさになったのを確認すると、裁判長は落ち着いた態度になって裁判を進行した。
「それでは冒頭陳述を始める。検察側、主張を述べよ」
「はい」
響きよく返事をし、検察官である共和国人の男性が立ち上がる。
かっちりと後ろに撫でつけた黒髪が自信満々な印象を与える、主張が激しそうな顔立ちの青年だ。正装のはずの軍服を普段着のように着こなすリオネルに対して、こちらはきちっとスーツできめている。
検察官の青年は意気揚々と、流暢に主張を話し出した。
「リラ帝国は一見、美しい国です。大きな宮殿はおとぎ話のように綺麗で、海も空も青くきらめく。この裁判所のように近代化の過程で立てられた建物にも、我々を圧巻する美があります。しかし、その華やかさは中の腐爛した果実のようなもので、よい匂いがしても結局は毒です。表面的な発展に反して、強権的な国王と硬直した官僚制による政治はもはや命運が尽きていました」
例え話から始まる検察官の主張は、わかりやすく帝国を悪に設定した。爛熟期を過ぎて衰える大国という図式の中で、帝国の滅亡は必然として語られる。
そして検察官はさらに具体的に、帝国の罪を糾弾した。
「ですがこの国は終焉を迎えるべきであることを認めず、王朝の存続のために圧政を敷きました。人道に反した帝国の支配は、広大な領土で暮らす様々な民族を苦しめました。内政の問題をごまかすための軍事拡張と侵略政策は、多くの人々を犠牲にしました。もしも共和国がこれらの行為に対して打ち勝っていなければ、今も帝国は善良な人々を弾圧し、世界を侵略し続けていたに違いありません」
検察官は帝国のとってきた政策の負の側面だけを抜き出し、現実以上に残酷さを強調した。共和国は正義の国として、侵略国家として位置づけられた帝国と対比される。
(プロパガンダ流して反乱煽ってきた過去は棚に上げて、よくもまあ……)
その共和国に都合良いことだけでできた一方的な批判に、ヴィーダは胸に静かに怒りが広がるのを感じた。耳あたりのよい言葉に隠れて非道な工作を重ねてきた共和国の所業を思い出し、冷ややかな気持ちになる。
しかし虚像であるはずの善悪を語る検察官の目に迷いはなく、帝国からヴィーダ個人へと矛先を変えて攻撃を続けた。
「被告人ヴィーダ・ザルトーシュトは女性ではありますが、そうした帝国の腐敗した政治と深く関係した人物です。被告人は国王代理アフシャーネフ王女の秘書官として国家の重要な政策について大きな発言力を持ち、共和国への侵略を唱え開戦を推進しました。また戦時中の虐殺や国内で行われた弾圧の多くにも、被告人の意向が反映されています。国際法に照らしても、また人倫の観点から見ても、被告人の罪は許されるものではないでしょう」
このヴィーダに対する評価は悪意をもってまとめられてはいるものの、概ね間違いではないのでそこまで反論する気にはならない。だがそれでもやはり、他人の国に土足で上がりこんできた余所者に裁かれるのは不快である。
そして検察官は法廷を大きく見渡し、最後にヴィーダの罪の重さについてまとめた。
「これまでこの法廷ではイラジ外務大臣やカームシャード将帥など、帝国の様々な権力者が裁かれてきました。被告人の罪が彼らよりも軽いということはありません。検察側は世界に死と破壊をもたらした罪により、ヴィーダ・ザルトーシュトの死刑を求刑します」
勝利を確信した口ぶりで、検察官がヴィーダへの求刑を言い終える。
ヴィーダと名前を並べられた外務大臣や将帥は、もうすでに死刑判決を受けている人たちだ。イラジ外務大臣は支離滅裂な供述を重ねて自滅し、カームシャード将帥は派手なパフォーマスの果てにわざわざ死刑になったと聞いている。
役職や経緯などに差異はあれども、ヴィーダも同じように死刑になるべきだと検察官は考えているらしい。東方を蔑視する共和国からすれば、野蛮で遅れた国の指導者は女であれ男であれ生きる価値がないのだろう。
主張を終えた検察官が着席すると、裁判長は今度はリオネルに指示を出した。
「では次、弁護側」
「はい。弁護側は……」
リオネルが彼にしては非常に真面目な顔で語り出す。
だがヴィーダは先程の検察官の主張を反芻してしまって、あまりリオネルの話を落ち着いて聞くことができない。
(あれが戦勝国、なのか……)
共和国人の検察官の堂々とした態度に、自分がもうすでに始まりから敗者であることを否が応でも実感する。
ヴィーダは戦争に負けた国の人間であるので、どうしても大義名分や正義というものに対して懐疑的なところがある。どんなに自分の考えを貫いているつもりでいても、心のどこかではすべては相対的なものでしかないと冷めてしまう。そのため何となくヴィーダは、立場は違えどもお互いに話し尽くせば妥協点を探せるような気がしていた。
だが今、目の前にいる共和国人である検察官の考え方は全く違った。負けたことがない彼らは、本気で自分たちの正義というものを信じている。自分たちの戦争は世界をより良くするのだと疑っていない。正しいからこそ勝てたのだと、悪は悪なのだと、検察官の結論には振れ幅がなかった。ヴィーダにとっては偽善者による制裁でしかないこの裁判も、共和国人には新しい倫理秩序をもたらす素晴らしい行いに見えるのだろう。
リオネルのような例外と接していたために忘れてしまっていたが、共和国人とは本来こういった考えを持った人々が主流なのだ。
(こんな人たちと戦って、勝ち目はある?)
想像していたよりもずっと異質だった敵の思考に、ヴィーダは先行きが不安になる。
ヴィーダがもやもやと悩んでいるうちに、リオネルの冒頭陳述はつつがなく終わった。
「それでは、これより被告人質問に入る。被告人は前へ」
「は、はい」
(あれっ、もうそんなところ?)
裁判長の呼びかけに、ヴィーダは慌てて証言台に移動した。冒頭陳述の次は、ヴィーダの供述の時間である。
「弁護側は、質問を始めよ」
裁判長がリオネルに指示を出すが、ヴィーダは勝者側にいる検察官の姿勢から受けた衝撃のせいで何を話すべきだったのかあまり思い出せない。
だがそこでリオネルが、頼もしく返事をした。
「わかりました」
リオネルの明瞭だがどこか間延びした声が法廷に響く。リオネルは書類を片手に、普段と変わらない微笑みで立っていた。
裁判の準備ではいまいち頼りがないところもあったリオネルだが、こうして敵地で働いてもらうと彼が絶対の味方であることを強く感じる。
「被告人。あなたはリラ帝国の国王代理、アフシャーネフ王女の秘書官として、この戦争においてどのような役割を果たしましたか?」
練習よりもややゆっくりと丁寧に質問を向け、リオネルはヴィーダに話すべき事柄を思い出させる。
リオネルのおかげで平常心を取り戻したヴィーダは、これまでの準備の成果を発揮して答えた。
「王女は戦争に最初から最後まで反対していました。そんな彼女に開戦を決断させたのが秘書官である私ですから、責任はかなり重いと言えるでしょう。今回の戦争について王女に罪はなく、すべては私の責任です」
ヴィーダがまずは全面的に罪を認めてアフシャーネフの責任を完全に否定すると、傍聴席がざわついた。どうやらヴィーダが保身に走らなかったことは、意外性のあることだったらしい。
(第一声はそんなに悪い感触じゃないな)
ヴィーダはアフシャーネフの汚名をそそぐというこの裁判における一番の目標を少しは達成できて、ほっとした。
勢いにのって、さらに帝国の名誉の挽回も図る。
「ですが、帝国が侵略国家であったという検察側の主張は誤りです。侵略の意図は、共和国にこそありました」
帝国を悪と定める共和国の言い分に、真っ向から食ってかかるヴィーダ。
余裕ぶっていた検察官も、ヴィーダの堂々とした共和国批判には眉を動かす。法廷内のざわつきも、さらに大きくなっていた。
「今回の戦争は、帝国にとっての自衛戦争だったと?」
「はい」
傍聴席の声をまったく意に介さず話を進めるリオネルの問いかけに、ヴィーダははっきりとうなずいた。
すると突然傍聴席から、ヴィーダを罵る声がした。
「この女は嘘をついて、俺たちをまた騙そうとしている。国民の命を使って戦争ごっこをしたかっただけの悪女のくせに、被害者面をするな!」
叫んでいるのは割れんばかりにうるさい、男の声だった。
傍聴席は後ろにあるので、ヴィーダには男の姿が見えない。だがその語気は鋭く、激しかった。きっとこの男も先ほど裁判所の入り口で会った少女のように、戦乱で何かを失った者なのだろう。一瞬ヴィーダに肩入れしかけていた他の人々も、男の激しい感情につられて再び憎しみを思い出したような雰囲気になっていく。
少々安心していたところで起きた出来事だったため、ヴィーダは一瞬うろたえてしまった。
(えっと、野次をとばされた時は……)
ヴィーダはこうした罵声を向けられた場合についても想定して準備をしてきていたので、これも裁判の一部だと思って次に言うべき言葉を考えた。そうすることでやっと何とか、自国民から向けられた憎悪に対応することができる気がした。
「私はあなた方に対しては弁明しません。重い犠牲を強いたのは確かなことですから」
ヴィーダはまっすぐに前を見て、傍聴席を振り返ることなくあらかじめ用意してきた台詞を語った。顔を合わせることは、絶対にできない。
「過ちを認めたふりをしてごまかすな。この大量虐殺者……!」
自分を一瞥もしないヴィーダを、男はさらに批判しようとした。
だが今度は裁判長が口を開いた。
「裁判の進行に支障を生じさせたため、退廷を命じる」
裁判長が冷静に命令を下すと、廷吏がやってきて男を連れて行った。男は抵抗する素振りを少しは見せたものの、ヴィーダに悪態をつきながらもおとなしく裁判長の指示に従った。
廷吏に引っ張られていく後ろ姿をちらりとみると男はやせた中年で、ぼろぼろの軍服を着ていた。
(あの声、帰還兵だったんだ。国のために戦わされて負けて、だから騙されたと思っている……)
自分が進めた政策の結果死地に送り込まれた存在を目にして、ヴィーダは罪悪感を抱く。だが同時にヴィーダは被告人としては、危険が去ったことにとりあえずはほっとした。
共和国との戦争が自衛戦争だったと言い切ることについて、ヴィーダにも葛藤がまったくないわけではない。
戦うしかないと信じた結果、悲惨な結末を迎えた戦争への負い目がヴィーダにはある。
裁判所の前で出会った少女やつい先ほど退廷させられた帰還兵の憎しみが、ヴィーダの決意を鈍らせる。今まではずっと仕方がないで済ませていたが、それは逃げだったのかもしれないとも思う。
だが今のヴィーダには、迷いを捨てることが求められている。
「では共和国による侵略の意図は、例えば一体どんな行為に見ることができますか?」
突然の野次にもまったく動じていないリオネルは、男が退廷するとすぐにヴィーダに尋ねた。質問内容は打ち合わせどおり、共和国が帝国を侵略したという根拠についてだ。
ヴィーダは混乱した心を落ち着け、責任転嫁に聞こえないように注意しながら、共和国の行ってきたことを糾弾する。
「共和国は帝国内にプロパガンダを流すことで政府と地方部族の間の対立を作り上げ、反政府組織に武器を流し反乱を煽動しました。これには帝国の領土を分断し自らの勢力を伸ばそうとする共和国の意図がはっきりと表れています。帝国が弾圧政策をとらなくてはならなかったのは、共和国の工作があったからです」
天窓から射しこむ太陽の光が、じりじりとヴィーダの背中を焦がす。
帝国の領土を維持することが何よりも大切だと信じていたことも、驕りだったのかもしれない。ヴィーダの考えは甘くて、すべてが無駄で間違っていたのかもしれない。
しかし戦争が始まり終わってしまった今、今更違うことを言えるわけがなかった。少なくともヴィーダには言えない。当初の意見を主張し続けなければ、帝国が正しくあるために犠牲になった人々に対して申し訳が立たない気がした。
「ですから、共和国こそが侵略者でした」
そうしてヴィーダは迷いを隠し、意見をまとめた。
最後に駄目押しで、リオネルが尋ねる。
「それではリラ帝国には、侵略戦争を始める意図はまったくなかったんですね?」
「はい。我が国は、共和国の侵略から国民と領土を守るために戦いました」
歯切れよく声を響かせて、ヴィーダは受け答えた。
ヴィーダが供述を終えると、リオネルは小さく微笑みかけて質問を切り上げた。
「弁護側の質問は以上です」
リオネルの笑顔はヴィーダを安心させているようでもあったが、もう自分の出番は終わったと言っているようでもあった。
「では、検察側は反対質問をせよ」
リオネルが質問を済ませると、裁判長は今度は検察官に質問を命じた。ヴィーダの主張により廷内はまだざわざわしていたが、判事や裁判長たちはそこまで驚きを顔に出していなかった。
それは判事たちの中に、裁判の中立性を演出するためにそれほど戦争の当事者ではなかった北方の国々の出身者が入っていることも関係しているのかもしれない。
一方検察官は早く反論がしたくてたまらなかったようで、机に両手をついて前のめりになってヴィーダを問い質す。
「被告人は共和国による被支配民族の支援を、煽動と言い換えて貶めています。そもそも帝国の支配が歪んでいたからこそ、共和国の言葉が受け入れられたのではないでしょうか」
検察官はあくまでも、共和国の行為は正しいと主張した。それはそれである見方からすれば論理が通った意見だったが、想定の範囲内ではある。
ヴィーダはあらかじめ考えてきた受け答えの中からちょうど良いものを選び、この場にあった言葉に言い換えて答えた。
「帝国の領土は広大で様々な民族が入り組んで暮らしていますから、それを治めるのは簡単なことではありません。共和国の唱える諸民族の独立という仕組みでうまくいくほど、単純なものではないんです。問題は少なからずありましたが、帝国の統治こそがあの複雑な土地を治める唯一の方法だったと、私は確信しています」
共和国の言説が現実的ではないことを指摘し、ヴィーダは帝国の統治を肯定的に語った。
すると検察官は冷たく笑い、ヴィーダの主張の批判を始める。
「例えば帝国南部に居住するタリフ族は、戦前から戦中まで続いた虐殺や強制移住政策により、何十万人も死亡しました。それでも唯一の方法であったと、あなたは言うんですね」
「共和国が卑劣な工作を仕掛けなければ、流れる血はもっと少なかったはずです。あなたたちは帝国の支配を残酷だと批判しますが、共和国における悲劇についてはどうでしょうか。革命が進む中で粛清されてきた命は、数える必要のないものですか?」
具体的な事例を使って帝国を攻撃する検察官に、ヴィーダは共和国の歴史の持つ排他的な性質に言及して言い返す。
ヴィーダの挑発的な物言いに、検察官は顔色を変えた。スーツを着た肩を震わせて、怒りを露わにしている。
そのとき、木槌の音が鳴り響いた。
「被告人。この法廷は帝国の罪を裁くものであり、共和国について問うものではない」
裁判長はヴィーダの反論を裁判の趣旨に合わないものだと判断して、注意を促した。
「はい。わかりました」
ヴィーダは素直に注意を受け入れたふりをしたが、心の中では反省はしなかった。どの国にも後ろ暗い歴史はある。それはこの裁きの場にはそぐわないとしても、どこかで誰かが言わなくてはならない真実だ。
「検察側。質問はまだあるか?」
「……いいえ。以上です」
押し黙っている検察官に、裁判長がひげをなでながら尋ねる。
検察官はしぶしぶ、質問を終えた。有効な攻撃材料は、もうなくなったらしい。
一方的には言い負かされなかった結果にほっとして、ヴィーダは胸を撫で下ろす。
見ればリオネルも、自分が助け舟を出さなくても済んだことに満足げな様子だ。
(帝国の戦争は悪で共和国の戦争は善なんてことは、絶対にない)
不服そうな表情の検察官をちらりと見て、ヴィーダは考えた。
そもそも大前提として、戦争は結局は大規模な殺人であり、本質的には否定されるべきものだ。それはわかっている。どんな人間だって本当はわかっている。だがわかっていても、それを選んでしまう時がある。だからこそ、ごまかす言葉を考える。正義や大義名分を作り出す。
その点では、敵国もこの国も同じ場所に立っているはずだった。共和国は負けていないから、大義名分の強度が恐ろしく硬いだけなのだ。
敗戦というごまかしの果てにあった悲惨な結末に対して、それでもなおその大義を守るのが一つの責任を取る形だとヴィーダは考える。他の方法もあるだろうが、おそらくそれは別の人の仕事だと思われた。今こうして敵の主張に反論していることこそが、ヴィーダなりの罪の向き合い方なのだ。
「では、これが本日最後の質問になる。被告人は此度の戦争における自分自身の責任の所在を、どの範囲で考えているのか?」
終わりにヴィーダを待っていたのは、裁判長の横に座っている判事のうちの一人からの質問だった。どうやらこの質問に答えれば、今日のところは閉廷になるらしい。
責任の範囲について答えるという抽象的な質問だったので答えるのが難しかったが、ヴィーダはこれまでの供述と矛盾ないように言葉を選んだ。
「この度の戦争によって国を疲弊させ、そして敗戦したことについて、私はこの帝国の民と戦死者に全面的に責任を負います。ですが世界に死と破壊をもたらした罪なんてものに対して負うべき責任は、私にはありません。この戦争は共和国の侵略行為から始まったものであり、正当な自衛戦争です。もしもこの戦争を指導したことが罪だとしても、共和国にはその罪を問うことはできないでしょう」
検察官があげた罪状をヴィーダが根底から否定すると、再び傍聴席がうるさくなる。だがその雰囲気は、当初のヴィーダへの憎しみだけが支配するものではなくなっていた。
(私は悪女なのだとしても、だけどそれでもやらなきゃいけないことがある)
ヴィーダは自分が無実ではないことを自覚している。本当のところは、自分は死刑になっても構わないとも思っていた。しかしそれでも、戦うことを選んだ。
裁判で無罪を主張するのは敗戦国の人間の意地でもあり、義務でもあった。だが一番はやはり、アフシャーネフのためだった。ヴィーダは自分はともかく、アフシャーネフは死なせたくはなかった。
(私は帝国の正しさを証明してみせる。アフシャーネフと二人で生き残るために)
ヴィーダは最初の戦いを終え、黒い衣の裾を翻して自分の席に戻った。改めて目指すところについて考えてみると、大体は思った通りに話すことができた今、その目標は決して遠くはないような気がする。
「本日の審理は以上である。次回は、書証等についての審理を行う」
予定していた審理を終了し、裁判長は次回の内容について話した。
リオネルも検察官も、最後は同じように粛々と裁判長の話を聞いている。
「では、これにて閉廷」
裁判長が木槌を打って、締めくくる。
こうして、ヴィーダの裁判初日は終わった。
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