第4話:花畑

「いったた……あんのクソ長、割と本気でぶちましたね」

 アデリーの頭には見事なたんこぶができていた。

「アデリーは意外と率直に物を言うタイプなんだな……」

「言われてみればそうかもしれませんね」

(まあ、基本的に他人からどう思われるかはそこまで気にしないし、自分のことが気に留められるとも思いませんしね……)

 そんなことを考えていたアデリーだったが、不意に脳裏にあるフレンズの姿が浮かび上がった。

(――っ!?なんでこの流れでジェーンさんが出てくるんですか……)

 とはいえ、思い返せば彼女が相手だと自分は振り回されたり柄にもなくしおらしくなっていた気がする、というかそんな気しかしないアデリーであった。

「アデリー?なんだか顔が赤いけど、どこか具合でも悪いのか?」

「へっ!?あ、いや、大丈夫です!べつにどこも何ともないですよ?」

「そ、そうか……ならいいんだけど」

「それより車椅子を使ってみましょうよ!ほら、せっかく貰ったんですし」

「そ、そうだな……」

 慌てた様子のアデリーに対し、コウテイは困惑しながらうなずくのだった。



 ライブ会場に戻った二人はメンバーたちに博士から言われたことを伝えた。

「話は分かったわ……でも、やっぱり私は心配よ」

 ジェーンを外に連れ出すと聞いて、プリンセスは表情を曇らせた。

「そうは言ってもこのままじゃらちが明かないだろう?」

「それは……そうだけど……」

「責任なら私が取る。だからここは飲み込んでもらえないか」

 そう言ってコウテイはプリンセスの両肩に手を置いた。

「コウテイ……」

「コウテイだけに良い恰好はさせられねえよ。俺も手伝うぜ!」

 イワビーがニッと笑うとマーゲイも――。

「プリンセスさん、メンバーの誰かが付き添えば問題はないと思いますよ」

 フルルもジャパリまんを食べながらウンウンと頷いた。

「…………」

「プリンセス……」

「本当にあの娘のためになるのよね?」

「断言はできない。でも可能性は確かにあるはずだ」

「……分かったわ。ひとまず今日はあなたに任せるわ、コウテイ」

「ああ、任せてくれ」

 コウテイはそう言ってドンと胸を叩いてみせるのだった。



「それにしても、よくプリンセスさんを説得できましたね」

「まあ、イワビー達の協力もあったからね。それに」

「それに?」

「ああいうところを見せないとみんなPPPのリーダーが私だってことを忘れてしまうかもしれないだろう?」

 冗談めかして笑ってみせるコウテイ。

 しかし、その口ぶりの裏にはアイドルを続けていくうちに芽生えたリーダーとしての矜持が確かに窺えた。

(コウテイさんは、リーダーとして自分にできることを全うしようとしているんだ……それなら私のするべきことって……)

「それじゃあ行こうか」

「はい」

 コウテイはジェーンのいる控え室のドアを開けた。

 眩しい外の光が部屋の中に差し込むが、ジェーンが反応を示すことはない。

 今のジェーンの姿は、何度見てもアデリーの胸をキリキリと締め付ける。

(目を逸らしちゃダメだ、考えるんだ……根暗で冴えない、PPPのメンバーでもない私にできることを)

「あっ」

 ふと、あることに気づきアデリーは思わず声を上げた。

「どうした?」

 ジェーンを抱きかかえて車椅子に乗せていたコウテイが尋ねる。

 大したことじゃないかもしれないですけど、とアデリーは前置きすると。

「気づいたんです、そういえば私の方からジェーンさんを連れ出すのは初めてだなって。これまでジェーンさんの方から声をかけてもらってばっかりで」

 アイドルであるジェーンは、そうでないアデリーと比べ忙しくなってしまう。

 だからアデリーは気兼ねしてしまい、自分から遊びに誘うことができなかったのだ。

「…………」

 コウテイはしばらく考え込んでいる様子だったが。

「うん、それならきっとジェーンは今喜んでるよ。たとえ見た目からは分からないとしてもね」

 そう言って彼女は優しいまなざしをジェーンに向けた。

 まだジェーンの瞳に光は戻っていない。その視線は虚空に向けられている。

 アデリーはそんな彼女に目線を合わせるとこう告げるのだった。

「ジェーンさん、一緒にお散歩しませんか?」



 三人はライブ会場からほど近い花畑に向かった。

 これはアデリーの要望によるものだった。

「このお花畑はジェーンさんに誘われて行った場所なんです。ジェーンさんが「一緒に見ませんか」って誘ってくれて」

「それなら、二人の思い出の場所ってわけだ」

「そういう風に言われると恥ずかしいですけど、はい……」

 アデリーの胸中にはある考えが生まれていた。

「ずっと考えていたんです、PPPのメンバーでもない私にできることは何だろうって。それで思いついたのが以前ジェーンさんが連れていってくれた場所に今度は私が連れて行く番なんじゃないのかなって……それが解決につながるかは分からないですけど」

 正直なところあまり自信のある考えではなかった。

 しかし、コウテイの反応は意に反して好意的なものであった。

「そうか……わかった。それなら散歩の行き先はアデリーに決めてもらうように他のみんなにも言っておくよ」

「いいんですか?」

「二人は何度も会っているんだろう?なら一緒に過ごした時間は二人にとって特別な時間だったはずだよ」

「それはまあ……そうなんですかね」

「だからジェーンと一緒に行った場所に連れて行くのはいい考えだと思う。二人で過ごした思い出に触れることが自分を取り戻すきっかけになるんじゃないかな」

 コウテイがそこまで言ってくれるとアデリーもそんな気はしてくる。してくるのだが。

「あんまり二人ってことを強調されると何だかすごく気恥ずかしいんですけど……」

「え?私は今そんなに恥ずかしくなるようなことを言ったか?」

「……さあ、どうなんでしょうね」

「な、なぜ私は今ブリザードのような目を向けられているんだ……」

「全く……そんなことより着きましたよ」

 夏頃でも涼しい風の吹く小さな丘。

 あたり一面には清楚な雰囲気のある小さな白い花が咲いていた。

「これはエーデルワイスだね」

「コウテイさんもご存知でしたか」

 その花の正式な名称はセイヨウウスユキソウである。本来はヨーロッパアルプスに生息する高山植物だが、おそらく人の手によって持ち込まれたものがこの辺りのやや寒冷な気候とマッチしたのだろう、広大な花畑を形成していた。

「以前ジェーンさんが教えてくれたんです、エーデルワイスの花言葉は――」





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とびきりの「わたし」 荒野豆腐 @kouyadouhu

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