第3話:車椅子

「遅いのです。長であるわれわれを待たせるとはいい度胸なのですよ」

「勘弁してよ、これでも急いで来たんだって」

 コウテイとアデリーが図書館に着くと、博士と助手がふんぞり返って待ち構えていた。

「む、そこにいるのはアデリーペンギンではないですか」

 二人は半ばコウテイの陰に隠れるように立っていたアデリーの姿に気が付くと、興味深げに声をかける。

「お前の顔を見るのは何のフレンズなのか教えた時以来なのです」

「大して社交的でもないお前がどうしてコウテイと一緒にいるのですか?」

 そっちだって別に社交的じゃないでしょう。そう言おうと思ったが怒らせても面倒なのでアデリーは喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「実はアデリーはジェーンと仲がよくてね。だから彼女にも協力してもらうことにしたんだ」

「なるほど。それは意外……いや、ある意味自然なことかもしれませんね」

「どういうことですか?」

「お前とジェーン――アデリーペンギンとジェンツーペンギン、それからヒゲペンギンは『アデリーペンギン属』に分類されていて、同じペンギンの中でも生物学的に見て特別深いつながりがあるのですよ」

「私と、ジェーンさんに……つながりが……」

 さりげなくヒゲッペをいなかったことにするアデリー。

「フルルが最初にアデリーを連れてきたんだ。プリンセスは「関係ない子を巻き込むなんて!」って言って反対してたけどね」

「なるほど、ボーっとしているように見えて意外と他人をよく見ているのかもしれないのです」

(本当にそれだけなんでしょうか……?)

 アデリーはコウテイと博士のやりとりに微かな違和感を覚えた。

 確かに、アフリカオオコノハズクの博士とワシミミズクの助手は同じフクロウの仲間であり、二人は常に行動を共にしている。

 PPPにしても、そのメンバーは全てペンギンで構成されている。

 種族が近いフレンズの間に連帯感が生まれるのは珍しいことではないのだが。

(パークのみんなは鳥の子だとかヘビの子だとか、そんなことは関係なく仲良く暮らしているわけですし……)

 もちろん、PPPのメンバーに急にカメやワニのフレンズが加わるのはグループのコンセプトから言って考え難い。とはいえ、それはあくまで例外的なケースである。

 基本的にフレンズの関係において、種としての近い遠いはそれほど重要な問題ではないのだ。

(じゃあフルルさんはどういうつもりで私をジェーンさんの所へ連れて行ったんだろう……?)

 アデリーが(そうとは知らされずに)ジェーンと遊園地でオフ会をした時、PPPの他のメンバーとマーゲイもこっそりついてきていた。

 フルルとの初対面もこの時であった。

 思えば、この時からフルルはジェーンについて意味ありげな発言をしていた。

「頑張り屋さんすぎて色々と抱え込んじゃうこともあるけど、ジェーンをよろしくね」

(あれ……どういう意味だったんでしょうか?)

「――何をボーっと突っ立っているのですか」

「早く中に入るのですよ」

 アデリーの思考は博士と助手によってさえぎられた。

(まあ、考えてもしかたないか……)

 二人にうながされるまま図書館の中に入ると、机のそばに見慣れない椅子のようなものが置かれているのが目に入った。

「なんですかこれ?」

「『ばすてき』についていた輪っかのような物が両脇についているけど……」

「よくぞ聞いてくれたのですよ」

 アデリーとコウテイの反応を見、博士と助手は得意げに胸を張った。

「これは車椅子というものなのです」

「どうやらヒトはケガなどで歩けない仲間をこれに乗せていたらしいのです」

「なるほど、足の代わりになる道具なのか」

「でもなんでそんなものをわざわざ私たちに見せたんですか?自慢したいからってことじゃないですよね?」

「無論なのです」

 博士は首肯した。

「お前たち、ジェーンに外を連れ出してやっているのですか?」

「えっ」

「いや、控え室でずっと休ませているな」

「……やれやれなのですよ」

 困惑する二人の様子を見て、博士と助手はわざとらしく肩をすくめてみせた。

「いいですか。ジェーンを休ませてやることはもちろん大切なのです……が、室内に籠りきりでは一向に状況は変わらないのですよ」

「適度に外の空気を吸わせてやるのですよ。良い刺激になってくれること間違いなしなのです」

「そうはいってもジェーンは歩くこともできない状態だ。外に連れ出すって言ったって……あっ」

 コウテイの視線が自然とあるものに注がれる。そしてそれはアデリーも同じであった。

「これは一旦お前たちにくれてやるのです。どう使うかは分かっていますね?」

 そう言って博士はスッと二人の方へ車椅子を押し出した。

「本当にいいんですか?」

「なぜそう疑わしそうな目で見るのですか」

「もちろんタダではないのです。事が終わり次第、ジャパリまんを三ヶ月分きっちりいただいていくのです」

「三ヶ月分か。フルルを説得しないとだな」

「いや何納得しかけてるんですかコウテイさん。三ヶ月分なんて、がめついにもほどがありますって」

 苦笑を浮かべるコウテイをたしなめるアデリー。

「む、われわれが単に物欲しさからジャパリまんを請求していると思っているのですか」

「他のフレンズの自立を促すために徴収しているのです。あえてなのですよ、あえて」

「いや、絶対にジャパリまんが欲しいだけですよね」

「お前!長に対して敬意が欠けているのです!そんなヤツにはこうなのです!」

 そう言って博士は手にした杖でアデリーの頭を小突くのであった。

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