第2話:壊れた偶像
「ジェーンさんに会ってほしいって、どういうことですか?だってジェーンさんはあの時……」
アデリーは自らの手を引っ張って歩いていくフルルに問いかける。
「ジェーンは生きてるよ」
「……ッ!ジェーンさん、無事だったんですね……!」
「うーん……」
「フルルさん?」
「無事……なのかな……」
「はい?」
「とにかく、会ってみればわかるはずだから」
要領を得ないままアデリーはフルルについていく。
「着いたよ」
フルルに連れられてアデリーがやって来たのは、PPPがライブで使うステージの裏手にあたる場所であった。
そこにはメンバーの練習場所に加え、いくつかの控え室があった。
フルルはそのうちの一つの扉をノックする。
しかし、中からは返事はおろか物音一つ返って来ない。
「ジェーン、入るよ」
フルルは構わず扉に手をかける。
ギイと軋んだ音を立て、扉が開いた。
ジメっとした空気がアデリーの鼻腔をくすぐる。
「そんな……」
目に飛び込んできた風景にアデリーは衝撃を隠せなかった。
一切手の付けられた様子もなく、かぴかぴになったジャパリまん。
同じく手の付けられないまま薄っすらとホコリが浮かんで見える、グラスに注がれた水。
そして、壁際でうずくまっている一人のペンギンのフレンズ――ジェーン。
「これが……ジェーンさん……?」
そんな言葉がアデリーの口から漏れてしまうくらい彼女の様子はアデリーの知るそれとあまりにもかけ離れていた。
艶やかだった黒髪はばさつき、熱意に輝いていた瞳からは光が失われ、血色の良かった頰はこけ、青白くなっていた。
「ジェーン、あれ以来ずっとこの調子なんだ」
「ジェーンさん……」
アデリーの呼びかけにもジェーンは俯いたまま何ら反応を示さない。
「うーん、もしかしたらって思ったんだけどね」
フルルが呟いたその時。
パタパタと誰か駆け寄ってくる足音が耳に入った。
「あ、プリンセス」
「ダメじゃない!何も言わずに勝手にどこかに行くなんて!……まったく、心配したのよ」
言葉の上ではフルルを叱りつつも安堵した様子のプリンセス。
だが、傍らに立つアデリーの姿を見るとその表情は一変した。
「ちょっと……これはどういうつもりなの!?」
プリンセスはフルルに詰め寄った。
「関係ない子を連れ込むなんて、一体何を考えてるのよ!?」
次いでプリンセスはアデリーをギロリと睨みつけた。
「あなたもよ」
「えっ」
「ジェーンのことは私たちPPPの問題よ。勝手に連れてきたことはフルルに代わって謝るわ。だからこれ以上は首を突っ込まないでちょうだい」
「でも……」
「はっきり言わないと分からないかしら。部外者のあなたにできることなんてないってそう言ってるのよ!分かったならとっとと――」
「そこまでだプリンセス」
激高するプリンセスの肩に手を置く者がいた。
「コウテイ……」
「アデリーはジェーンと仲がいい。ジェーンの助けになってくれるかもしれない」
「でも……」
「ここ一週間みんな疲れがたまる一方だ。プリンセスだってほら、目元に大きなクマができてるし……そろそろ誰かの力を借りてもいい頃合いじゃないか?」
「……っ」
慌ててコウテイから顔を背けるプリンセスだが、なるほど、確かにその目元には深いクマが刻まれていた。
「というわけでアデリー。明日からもここに来てもらえないか?」
「コウテイさん……」
「頼む。この通りだ」
そう言ってコウテイは深々と頭を下げた。
「……わかりました。私にできることがあるとは思えないですけど、やれることはやってみます」
それからまた数日の時が流れた。しかし――。
「おはようございます、ジェーンさん。具合の方はどうですか?」
今日もジェーンはアデリーの言葉に反応を示すことなく、虚ろな目をして座っているだけであった。
アデリーが差し出したジャパリまんにも一切手を付けようとしない。
「今日もまだ、ダメみたいですね……」
ため息を吐いたアデリーはジャパリまんを細かくちぎり、すり鉢に入れてすりつぶした。そこに水を加え、よく混ぜ合わせたものをジェーンの口元まで持って行き、流し込んだ。
これは、ジェーンが自発的にジャパリまんを食べてくれるようになるまでの苦肉の策としてプリンセスから教わったものである。
「……」
アデリーは残った汁を自らの口に含んでみた。
「……まずい」
つい先ほどまでジャパリまんだったソレはベチャベチャとした食感であまりにも味気なかった。
「こんなの……絶対おいしいはずがないですよ……」
(このままじゃいけない……でも、一体どうしたらジェーンさんは元通りのジェーンさんに戻ってくれるの……?)
アデリーが途方に暮れていたその時、コウテイが部屋に入ってきた。
「アデリー、ジェーンの調子はどうだ?」
「相変わらず、ですね。すいません、力になれなくて」
「あまりに気に病まないでくれ。一筋縄じゃいかないのは分かりきった話だからね」
(仲間が大変な状況なのに部外者の私のことを気にかけてくれる……コウテイさんは強い人だな……)
「それはそうとジェーンのことで博士から呼ばれていてね。アデリーのことも話しておきたいんだけど、よかったらついてきてくれるかい?」
「私は……」
信じてくれたコウテイさんには申し訳ないですけど、私にできることはたぶんもうありません。そう伝えようと思っていた矢先の提案だった。
アデリーは、生気を感じられないジェーンの姿をじっと見つめた。
脳裏に浮かんだのは、かつて彼女が自分に向けてくれた笑顔だった。
「分かりました、ついていきます」
諦めるのはもう少し先にしよう。彼女は自らの心にそう誓うのだった。
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