4-7

◇◇◇


 そこから城下町まで帰る七泊ほどの道中、私とレイさん、そしてアヤカさんは沢山話をしました。

 特に私が今まで分からなかったことを尋ねることが多かったのですが、レイさんとアヤカさんは真摯に答えてくれました。


 でも、やはり一番気になるのはキャロルさんのことでした。 

 なぜ、彼女が消えてしまったのか。その理由を聞きました。

 

「それについては、姉上の身体状態に関することから説明しなくてはいけませんね。……アヤカ、数百年前の決戦のことを話してしまってもいいですか?」

「構わないけど。ていうか、なんなら自分で話す」


 そう言って、アヤカさんは語り始めました。


「数百年前、ある戦い――確かお姉ちゃんの本には書かれていない戦いで、私が大きな失態を犯したんだ。それをお姉ちゃんが庇ってくれて、彼女は命を落とした。私はひどく悲しんだけど、ある時死んだはずのお姉ちゃんが帰ってきたんだ」

「えっ」


 冗談のような話でした。

 でも、アヤカさんは真面目な表情で語っています。


「どうやって生き返ったのか、当然聞いたよ。そしたら、お姉ちゃんはこう言ったんだ。『生き返ったんじゃないよ。”魔術生命体”になっただけ』って」

「魔術生命体……? 初めて聞きました」

「要はマナだけで構成された、精霊魔術の結晶体みたいなものなのだけど、そこらへんは難しいから、レイに教えてもらって」


 レイさんに視線を向けると、彼は説明を引き継いで語ってくれました。


「擬似的な不老不死を実現する、魔術の極致の一つですね。本来の肉体を捨て、血も肉も全てマナで構成された身体で生活する。それが魔術生命体というものです。一度その身体になってしまえば、身体は老いず、外的要因なしに死にません」

「なんだか凄い話ですね……」


 私は、キャロルさんとの散歩の際に繋いだ手の感触を思い出し、不思議な気持ちになりました。マナだけで構成されている身体と言っても、確かに温かい感触がありました。

 腕に抱きついたときも、その柔らかくしなやかな腕は、本物の人間と信じて疑わないだけの感触がありました。

 おそらく、それら全ての感触が魔術によるものなのでしょうから、驚きです。

 でも、これでキャロルさんが不老のまま生きているという原因がわかりました。

 

 レイさんは微笑み、言います。


「凄い話ですよ。ただ、この魔術には大きな欠点があって、他人からマナを供給しつづけて貰わないといけないのです」

「……それって、キャロルさんもマナを誰かから分けてもらってるってことですよね? もしかして、レイさんやアヤカさんとかですか?」


 しかし、レイさんは笑って首を振ります。では一体、誰がマナの供給を行っているのでしょうか。

 その答えを、レイさんは語ります。


「ユエさん、貴方ですよ。いえ、正確には『貴方もその一人』と言った方が正しいですね」

「えぇっ!? 私、そんなことした覚えありませんよ!」


 赤子から老人まで、全ての人にマナは宿っていると言われています。だから、マナの扱い方と魔術に使う文字を学べば、誰にでも魔術は扱えます。

 でも、私はマナの扱い方さえ学んでいませんから、魔術も扱えません。でも、無意識のうちにマナの供給を行うような行動をしていたのでしょうか……?


 驚愕し、困惑する私に対して、レイさんは言いました。


「『魔女と三人の弟子の物語』。姉上が執筆したその本には、魔術的な意味を持つ文字がこっそりと刻まれていましてね。その本に触れると、失っても特に支障をきたさないレベルの量のマナが、姉上へと転送されるようになっているのですよ」

「そ、そうだったんですか!」


 私は鞄から紫色の表紙の本を取り出します。これに触れることで、キャロルさんにマナが送られていたのですね。驚きです。

 じっとその表紙を見つめる私に、レイさんは説明を続けます。


「その本は世界中に広まっていますし、彼女の著作は魔術教本から魔物退治の方法を書いた本まで多岐に渡り、大量に市場に出回っています。ですから、姉上はマナを多くの人から受け取り、活動することができているのですよ」

「なるほど……」


 そこまで聞いたところで、私はふと気が付くことがありました。キャロルさんが魔術生命体だと分かったことで、今まで疑問に抱いていたことが説明がつくような気がしたのです。


「もしかしてなんですけど、キャロルさんが王城で体調を崩していたのも、彼女が転移して疲弊しないのも、全部あの人が魔術生命体だからなんですか?」


 私が二人に聞くと、今度はアヤカさんが答えてくれました。


「そうね。王城は魔術に対する防衛用の魔術が強いから、魔術を使って出来た身体のお姉ちゃんには辛いの。それに、魔術生命体であるお姉ちゃんは、転移しても転移先で綺麗に復元されるから、酔ったり疲れたりしないんだ。”転移酔い”は、身体物質が僅かに乱れて復元されて起こるものだからね」

「やっぱり! 疑問が解けてスッキリしました! ーーって、ん?」


 嬉しくて微笑むと、何かが頭の上に乗りました。

 アヤカさんの手でした。その手は左右に僅かに動きます。

 これは、もしかして撫でられているのでしょうか。ちょっと驚いて彼女に視線を向けると、はっと何かに気づいたように、手が引っ込められます。


「あっ!? いや、これは思わずというか、つい可愛かったからーー待った! 今のナシ! なんでもない!」

「え、今『可愛かったから』って言いました?」

「なんでもないって言ってるでしょ! 情が移って可愛く思えたとかでは断じて無いからね! 使い魔を可愛がるとか、そういう趣味ないから!」

「あ、また使い魔扱いしましたね! 何度違うと言ったら分かるんですか!」


 使い魔扱いされて憤慨する私に対し、レイさんが宥めるように言います。


「まぁまぁ、アヤカは素直じゃないところがあります。本当にユエさんを使い魔程度に思ってなければ、こんなところまでついて来てないでしょう」

「ん? どういうことですか?」

「アヤカの住む魔界は完全に逆方向です。わざわざついて来てるということは、ユエさんが心配なのですよ」

「そうなんですか!」


 私は嬉しくてアヤカさんの方へ向くと、彼女は否定しました。


「ちがいますぅー! 道間違えただけですぅー!」

「あっ、照れ隠しですね! 私が心配でついてきてくれたなんて、私嬉しいです!」

「な、なんで私が照れ隠ししなきゃいけないのよ!」

 

 まったくもう。アヤカさんは嘘が下手なんですから。

 嬉しくてついつい笑みがこぼれてしまいます。


「ところでユエさん、姉上が消えた理由をまだ説明しきれていませんでしたので、続きをお話します」


 確かにそうだ、とまだ何か言い訳を言い連ねているアヤカさんを放っておいて、レイさんに向き直ります。


「今回穴に落とした龍なんですが、いわゆる精霊魔術の発動原理となっている精霊よりも上位種――まぁ有り体に言ってレベルが違うといった感じなんですね。だから、触れた精霊魔術を打ち消すことができます。私の鎖をちぎっていたのもそのためです」


 そこまで聞いて、私は気づきます。


「あ、じゃあ、精霊魔術を使って生き永らえていたキャロルさんは、龍の体に触れたために消えてしまった。そういうことですか」

「そうですね。理解が早くて助かります。まぁ、それだけでなく、羽ペンに乗せる一撃に魔力のほとんどを乗せていたため、身体を構成する魔術が薄くなっていたというのもありますけどね」


 なるほど……。

 キャロルさんが、龍と私たちの世界の両方のために、身を引き換えに消えてしまったという事実を、深く深く受け止めます。

 それからしばらく黙って、そのことについて色々考えながら歩きました。

 レイさんとアヤカさんも、私の気持ちを察してくれたのか、口を挟むことはありませんでした。


 そして、私の住む街の入口に差し掛かった頃、アヤカさんが言いました。


「よし、ここまでくれば心配ないでしょ。私はそろそろ戻り始めるね。さすがに魔界を空けて時間が経ちすぎたし」

「では、お別れですね。というか、やっぱり私のことを心配してくれたんじゃないですか」

「なっ、それは言葉の綾で! 別れ際まで可愛くない使い魔ね」


 なにおう、と言い返しますが、これも最後のやり取りになると思うと、少し寂しい気がしました。


「まったく、使い魔と言い争ってるとキリがないわ。……じゃあ、私行くから」


 でも、湿っぽいのはアヤカさんも好きではないと思うので、気丈に振る舞い、手を振って彼女の背を見送りました。


「さようなら!」

「うん、じゃあね」

 

 しばらくその背を見ていたら、彼女は振り向き、大きな声で叫びました。


「――”ユエ”! また、会いに来るから! 絶対、会いに来るから! その時元気じゃなかったら、ぶっ飛ばしてやるんだから、覚悟してなさいよね!」


 ――”使い魔”ではなく、”ユエ”。

 今度こそ、ちゃんと名前を呼んでくれたことを噛み締めながら、私は返答します。


「そっちこそ、元気でいてくださいよー!」


 感情を色で見ることの出来る魔眼。

 その魔眼が無くても、アヤカさんの心が今、慈愛の籠もったとても温かい色をしているのが分かりました。

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