4-6

◇◇◇


 私――キャロルは、大いなる魔女”ママ”の一番弟子であり、娘だ。


 その事実をとても誇りに思っていたし、今でもそれは変わらない。

 

 大いなる魔女はほぼ何でもできた。

 ユエちゃんと同じ「魔眼」を持っていて、その「魔眼」で精霊魔術のなんたるかを理解し、普及させた。

 魔物や外敵、貧困に喘ぐ故郷を、魔術の普及によって一大国家へ成り上がらせた。


 それから、レイやアヤカなど、いわゆる「はぐれ者」も保護し、時には弟子として魔術を教え、この世界で生き抜く術を教えた。

 レイのように王国で大成させることもあったし、アヤカのように魔物と共生させる道を歩ませたりもした。

 自分自身が魔眼保持者という人とは少し違う存在であったことから、同じ様な存在に何か思うところがあったのかもしれない。


 でも、彼女は確かにほぼ何でも出来たけど、出来ないこともあった。

 その最たるものが、魔眼のだろう。


 魔眼保持者は言ってしまえば奇形の一種であり、常に一般の人よりも体力や魔力を消耗する。

 ユエちゃんの寝付きがよく、眠りが深いのもそのためだと思う。

 そうした負の特徴から言えるのは、ということ。

 

 勿論”ママ”はその事実を理解してたし、短命であることを改善しようともした。

 でも、結局は出来ずにこの世を去ってしまった。


 ”ママ”の娘である私自身魔術の素養はあり、優秀な師に教わったことで、人よりも魔術を上手く扱える自負がある。

 特に、新しい魔術の開発に関しては、”ママ”をも超える実力を備えていると思う。


 それだけの実力を有してもなお、私は”ママ”の短命を治すことはできなかった。

 いや、正確には

 魔眼の治療魔術を開発できたのは、”ママ”の死後だ。


 まだ色々教わりたかったのに、早くに死んでしまった”ママ”。

 もう少し必死に努力していたら、延命できたかもしれない。

 そう考えるだけで、後悔で胸がいっぱいになる。


 悔しさを紛らわすように、執筆に没頭し、”ママ”との思い出に縋るように書いた「魔女と三人の弟子」の物語。

 でも、その行為は無駄じゃなかった。

 なぜなら、という「救い」に出会えたから。


 大いなる魔女と同じ魔眼保持者であるユエちゃんとの交流は、心が洗われるようだった。

 彼女の笑顔は、荒んだ心に活を入れてくれた。

 だから、お礼をしなくてはならない。


 「沢山の優しさを与えられた」とユエちゃんは言っていたけど、それはこっちの方だと思うから。

 

 私の開発した魔眼の治療魔術を使う時が来たのだ。 


◇◇◇


「魔眼保持者が短命……? 私は、長く生きられないんですか?」


 魔眼保持者の真実を伝えると、ユエちゃんは不安そうな表情になった。

 私は、安心させるように抱き締めて、それを治療する方法があることも伝えた。


 旅の道中に治療しなかったのは、魔眼が役に立つこともあったから――ではない。

 高度で緻密な治療魔術を行う際に、魔術の不具合が悪影響を及ぶす可能性があったからだ。

 でも、「マナの泉」から龍が出た結果、「マナの泉」の詰まりは無くなった。

 だから、今なら、なら治療できるのだとユエちゃんに説明する。


「でも、今じゃなくてもいいんじゃないですか? この切羽詰まった状態ではなく、龍をなんとかした後ゆっくりすれば……!」


 その疑問は当然だ。

 何も知らないユエちゃんからすれば、龍を「マナの世界」に戻した後も私が存在すると思うのが普通だろう。

 でも、ダメなのだ。


 龍を「マナの世界」に戻した後には、

 だから、ユエちゃんの治療は今しかできない。


 そのことを伝えるのがもどかしくて、伝えたらユエちゃんを悲しませてしまうと思うから、私はその疑問には答えずに治療を進める。

 

 私はズルい人間だ。


 優しいユエちゃんのことだから、私がいなくなったと知ったら悲しむだろう。

 私がいる間に、その泣き顔を見たくないがために、その悲しみを後に引き伸ばすのだ。

 ズルいと謗られても弁解の余地はない。


 予め用意していた治療魔術のためのスクロールを鞄から取り出し、刻まれた文字に手で魔力を通していく。

 魔術は無事に発動し、光が私の手に収束していく。

 その手を、目を瞑らせたユエちゃんの両瞼に数秒押し当てるだけ。

 

 これで治療は成った。


「これは……」


 ユエちゃんがゆっくり目を開ける。そこには他の人と変わらない視界が広がっているだろう。


 そして胸の竦むような、静かな達成感を胸に感じる。 


 彼女を救うことで自身の気持ちにようやく整理をつけられたのだ。

 そう悟った時に、私は気づく。

 「世界を救う」なんて名目でユエちゃんをこの旅に誘ったけど、本当に救いたかったのは「自分自身」だったのだろう、と。


 自覚して、自嘲の笑みが溢れるが、その感傷に浸っている場合ではない。


 私の、この旅におけるをしなくてはならない。


◇◇◇


 私――ユエは、魔眼の治療をキャロルさんにしてもらった後、龍の光も人の感情の色も、見えなくなりました。

 これが魔眼のない人の視界。

 それに対する不思議な感動もありましたが、もっと気になることがあって、私は不安でした。


 それは、キャロルさんが治療の機会が「今しかない」と言ったことの理由を答えてくれなかったこと。

 そこに、何か重大なことが隠されてる気がして、取り返しのつかないことになる気がして、とても不安です。


 私の不安を余所に、キャロルさんはレイさんに指示を出します。


「レイ、あと三分だけ粘って」

『了解』


 状況を維持するのに大変だろうに、レイさんはしっかりとした声で返事を返します。

 頷き、キャロルさんはアヤカさんにも指示を出します。


「アヤカ、『特殊実弾』を準備して。龍の中心部――お腹の辺りを撃って欲しいの」

『嫌だ! アレを使ったら――』

「良い子だから聞き分けて。次はすぐに帰って来るから。」


 一瞬、間がありました。

 けれど、何かを堪えるような声で返答が来ました。


『……分かった! でも、早く帰ってくるって約束、絶対守ってよね!』

「うん、いい子だ。約束は守るよ。レイ、貴方は『特殊実弾』が当たったら、鎖への魔力の供給を断って!」

『了解』


 キャロルさんは、アヤカさんとレイさんの了承を聞き、微笑んでから私に声をかけます。

   

「ユエちゃん」

「は、はい!」

「今まで付き合ってくれてありがとう。新しい妹が出来たみたいで、とても楽しかった」


 それからキャロルさんは、ぽつぽつと思い出を語りました。


「私の本を手に取ってくれたこと。本屋で出会った時、怪しさ満点の私の話を聞いてくれたこと。こうして一緒に旅をして、沢山手助けをしてくれたこと。王城で体調不良だった私を心配してくれたこと。レイやアヤカと仲良くしてくれたこと。散歩の道中、手を繋ごうと提案してくれたこと。それから――」


 その時、アヤカさんの杖から「特殊実弾」と呼ばれた赤い弾が発射されました。あの弾は魔力の弾ではないので、核が壊れていても発射できるみたいです。

 そして龍の鱗に着弾した赤い弾は空気に触れ変色し、紫色の魔法陣を幾つも刻みます。あれは恐らく――転移陣。


 その様子を視界の端に収めながら、キャロルさんの続く言葉を聞きます。


「それから、『笑ってください』と言ってくれたこと。それら全部が大切な、宝物のような思い出。ユエちゃんには沢山の素敵な思い出を貰ったよ」


 それから彼女は少しだけ、惜しむような表情を見せて言います。


「……ごめんなさい。二泊三日でお家に帰す約束と未収録の魔女の物語のお話をしてあげる約束は、守れなくなっちゃった」


 しかし、その寂しそうな表情も一瞬のことでした。


「こういう表情は『似合わないですよ』、だっけね。うん」


 かつて私が言った言葉を思い出したのか。優しい笑みをこちらに向けます。


「ユエちゃんも、笑顔が一番似合うと思うよ」


 彼女は私の頭を撫でると、龍の方へと向き直りました。


「帰りはレイに送って貰ってね」


 そう言うが否や、キャロルさんの全身が光り始めます。やがて、光は羽ペンの先へと収束していきます。そのペン先は、今まで見たことのない禍々しいものへと付け替えられていました。


 そして、レイさんが鎖に通っていた魔力を意図的に遮断しました。

 ただの鎖が龍の膂力を止められるはずもなく、一瞬で砕け散ります。

 この時、龍は鎖への対抗策として一生懸命羽ばたいていたことが仇となりました。

 急激な加速でバランスを崩したのです。

 

 龍が自らの挙動を制御できなくなった間隙に、キャロルさんは言います。



 ――その挨拶は、最初の本屋での邂逅を経て、一度別れた時の台詞と全く同じものでした。

 

 彼女の横顔は覚悟を決めているような表情で、しかし悲観している様子はありませんでした。

 未来を楽しみにしているような、そうした爽やかなものでした。

 

 私が何かを言うよりも先に、キャロルさんはその場から消えました。

 

 次の瞬間、龍の咆哮が聞こえました。


 その時、私には何が起きたのか見えていました。

 龍の特に輝きの強い箇所に、突如別の光が出現し、其処に何かを突き入れたのです。

 それを境に、龍の光は見る見ると収縮していきました。


 龍は泉へと落ち、高い水柱が上がりました。

 マナの光が七色に輝いて吹き出しました。それに加えて、飛沫によって生まれた虹が幻想的な風景を生み出しました。


 泉の水面が穏やかになるまで、私は立ち尽くしていました。

 泉の周囲に描かれた魔法陣は、いつの間にか消えていました。


 キャロルさんがどうなったのか、私は朧気に理解しました。

 不安に思っていた、取り返しのつかないことが起きてしまったようです。

 でも、それを悲しく思う必要はないと思いました。だって、キャロルさんも悲観はしていない様子でしたから。

 私も彼女と同じ気持ちで、時が来るのを待とう。そう思ったのです。 

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