4-5

◇◇◇


 翌日の朝。

 朝食を終えて休憩した後に、作戦は開始されました。


 まず私とキャロルさんは、泉からかなり離れた見晴らしの良い丘で、共にケープにくるまって湖を観察しています。

 ちなみに、四重もの防御用魔法陣が地面には刻まれています。

 キャロルさんは、作戦の司令塔の役割を担います。

 

「あー、あー。皆聞こえるかな? 聞こえたら返事してね」

『聞こえます』

『ばっちり聞こえるよ!』

「うん、二人の声もしっかり聞こえるよ」


 今、私達の喉には魔術的な効果を持つ文字が書かれていて、離れた位置に居ても互いの声が届くようになっています。

 また、キャロルさんの身体には他にも沢山文字が書かれています。これらの文字のおかげで、多少の荒事も可能になっているそうです。


『よし。不動不壊の鎖、展開完了しました』


 レイさんから連絡が入りました。

 レイさんは、泉の淵に居ます。

 彼の杖である鎖が、泉を取り囲むように描かれた魔法陣を、更に取り囲むようにドーム状に展開しています。

 翼を持った生物がこちらの世界にやってきてしまった時に、逃走防止の檻として機能するものです。


『こっちも、いつでもガトリングガンぶっ放せるよ!』


 アヤカさんからも準備完了の連絡が届きました。

 彼女はレイさんから少し離れた泉の淵にいます。

 彼女の杖の核からは、遠く離れた場所からでも黒い光が煌々と輝いているのが見て取れます。


「じゃあ、あとはユエちゃんがタイミングを見計らうだけだね」

「はい」


 私は翼の動向の監視役。「魔眼保持者」としての力を使って、翼の羽ばたきが落ち着く瞬間を見計らっています。

 翼は常に羽ばたいているかというと、そうでもなく、時折休憩する時間があるようです。

 期せずして、その瞬間はすぐに訪れました。


「翼が落ち着きましたよ、キャロルさん!」

「分かった。魔法陣発動するよ!」


 私とキャロルさんの居る位置から泉の周囲の魔法陣まで、導火線のように伸びた線上の文字に光が灯っていきます。

 そして魔法陣にたどり着くと、加速度的に光は広がり、泉の周囲を白い光が染め上げます。

 これで「マナの世界」へと続く「マナの泉」の穴は広がりました。

 果たして結果はーー。


「……あぁ、だめっぽいね」


 キャロルさんが呟きます。

 それは、巨大な白い龍でした。

 二本の翼を持ち、翼に見合うだけの大きさを持った巨躯。鎖のドームになんとか収まる程の大きさです。


 こちらの世界にその姿を現したということは、一つ目の作戦が失敗であることを示しています。

 一方で、それは「マナの観測者」でないキャロルさん達にも龍の姿が視認できるようになり、干渉できるようになったことも示すものでした。


「レイとアヤカは第二作戦の行動を。ユエちゃんは、龍の体内にあるマナの光の動向をしっかり見てて!」


 キャロルさんの指示に対し、私が龍をしっかり見ると同時に、レイさんが無数の鎖を放って鎖のドームを強化していきました。

 

『不動たれ。不壊たれ。天地を縛る我が銀鎖!』


 空中に展開している鎖に対して、龍は力任せに羽ばたいて食い込んでいきます。

 魔力を通している限り不動かつ不壊であるはずの鎖が、歪み、何本かが弾け飛びました。


「レイさんの鎖が……!」

「あの龍はどうやら精霊よりも上位の存在みたいだね。だから、不動の原理となっている精霊の魔術にも抵抗力があるみたい」


 確かに、鎖に通った魔力の光を目を凝らして見ると、龍の鱗と擦れることで徐々に光が薄れていきます。光が消え、魔術効果のない鎖になった部分から順に弾け飛んでいるようです。


『そう簡単に逃しはしないっての!』


 アヤカさんの杖の黒色推奨が煌めき、杖から魔弾が連射され、流れ星を描き出します。

 龍の眩しい程の白い鱗に魔弾が着弾した瞬間、黒い模様が広がります。

 がくん、と龍の身体が下へと引っ張られたように下がりました。


「キャロルさん、あれは……?」

「重力増加の術式だよ。杖の砲身の内部に文字が刻んであってね、魔力の塊である魔弾がそこを通過すると、重力魔術が付与された弾となって発射されるの」

「へぇー! 凄いです!」


 龍は精霊魔術に対する抵抗力があるとはいえ、無数に放たれる魔弾によって、徐々に身体が重くなっているようです。


「このまま作戦終了としたいところだけど、さて……」


 キャロルさんが様子を見守りながら、呟きます。

 体を重くされ、鎖で縛られ、それでも龍は抵抗します。

 凄まじい勢いで翼を上下させます。嵐のような突風が吹き付けますが、風除けの加護があるので私達は、特に動じることなくその場に居られます。

 

 そろそろ龍が泉へと落ちていくかと思った瞬間でした。

 私は異変を感じ、キャロルさんに報告します。


「龍の身体の真ん中あたりが凄く光っています。眩しくて目が開けられない程です!」


 キャロルさんは私の報告を聞いて、すぐに他の二人に指示を出します。


「レイ、アヤカ。防御して!」


 一瞬、眩い光が収まりました。

 目を開けると、二人が防御行動をし始めたのが確認できました。

 レイさんは、空中に鎖で文字を型取り、防御魔術を発動。

 アヤカさんは 身体は強靭だからダメージは受けないと判断したのでしょう。代わりに杖を守るように抱え込みます。


 そして、次の瞬間のことでした。

 龍の身体が強く発光。

 山に囲まれた空間全てを焼き尽くすような、龍の息吹が吐かれました。


◇◇◇


 間一髪でした。

 四重防御結界の一番内側の魔法陣――転移陣が発動して、更に後方へ逃れることにより、私とキャロルさんは身を守ることができました。

 

「派手にやってくれたわね……」

 

 キャロルさんと共に、私は立ち込める土煙の中を注視します。二人は大丈夫なのでしょうか。

 直後、突風により煙が晴れました。

 鎖と重力術式を共に焼き尽くして自由になった龍が、空を目掛けて勢い良く羽ばたいたのです。

 

「このままじゃ、逃げられちゃう……!」


 龍が爆発的な加速を得て、最悪の事態を想像した私は思わず叫びました。

 その瞬間、不思議と龍の動きが止まり、同時に聞き覚えのある声がしました。


『不動たれ。不壊たれ。天地を縛る我が銀鎖!』

「レイさん……!」


 よくみると、龍の片脚に鎖が巻き付いています。龍は羽ばたき、最後の枷を外そうと暴れます。

 一つ、また一つと鎖は弾け消えていきます。

 レイさんは鎧が煤けていて、それなりの負傷を負っているようですが、片腕を掲げて沢山の鎖を龍の脚へと巻きつけていきます。

 いつ崩れるか分からない均衡の上に立っている。そんな印象を受けました。


『よくもー! 私の杖の核を壊してくれたなー!』


 別の聞き覚えのある声が、響きました。

 アヤカさんの方は、やはり肉体は無事みたいです。

 彼女は龍の脚に繋がった鎖の上を駆け、龍の体を駆け、頭部に到達。杖を振り上げます。


『お返しの一撃、食らいなさい!』


 魔界を統べる王が一度も破られたことのない、杖による殴打を繰り出します。

 アヤカさんの強力な一撃なら、もしや。

 そう思いましたが、龍の身体の方が圧倒的に大きかったのです。

 共に他の世界からやってきて、この世界において凄まじい力を持つ者同士の戦いは、ウェイト差によって決まりました。


『くっ、そぉー!』


 さすがに龍も無傷とは行かず、殴打によって小揺るぎはしました。でも未だ元気なようで、アヤカさんを振り落とし、空中で身動きのとれない彼女を翼で打ちました。

 アヤカさん自身がまるで流れ星のように、泉を囲む山へと突き刺さります。


「アヤカ、大丈夫!?」

『うん! でも、悔しいなぁ。あんにゃろぉ……!』


 キャロルさんの問いかけに、元気そうな声が聞こえてきます。私たちはひとまず胸を撫で下ろします。

 しかし、これで空中戦で勝ち目のないことが浮き彫りになってしまいました。

 そこで、レイさんから報告が入ります。


『姉上。すみませんが、これ以上持ちそうにありません』


 どうやら鎖で食い止めるのも限界なようです。

 レイさんの鎖でも厳しく、アヤカさんの杖の核は壊れ、殴打も大したダメージが入らない。


「うーん、飛び去られたら流石に追撃は困難そうね」


 芳しくないはずの状況に、しかしキャロルさんはどこか楽しそうです。

 私の方を向いて、彼女は言います。


「ユエちゃん、龍はまた光ってたりする?」

「光ってますが、まだ弱いです」

「なら、あの凄まじい息吹の再発動までは時間がありそうね」


 キャロルさんは鞄から羽ペンを大量に取り出し、紫色の転移陣を自動で描かせます。


「大丈夫……なんですか?」

「うん。大丈夫。心配しなくていいよ」


 思わず不安になって尋ねると、優しい声が返ってきました。

 キャロルさんには、何かこの状況を打開する考えがあるようです。

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