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◇◇◇
その日の夜は雲がほとんどなく、星々の主張する輝きがはっきりと見れました。
私達四人は、布製のシートの上でのんびりと過ごしていました。
今晩は、このシートの上でそれぞれ寝袋に包まって寝る予定です。シートの周囲には風除けと雨よけの魔術が刻まれているので、屋根のようなものがなくても大丈夫だそうです。
星空を眺めながら眠りにつけるなんて、とても素敵だと思います。
「……懐かしいなぁ。私達魔女三人が初めて一堂に会したときも、こんな夜空の下でキャンプしたっけね」
キャロルさんが、上を見上げながら言います。
そういえば「魔女と三人の弟子の物語」は、全員が揃った状態から物語が始まります。兄弟姉妹のように互いに接している三人ですが、血は繋がっていないと前に聞きました。今の間柄になるまで、どんな出会いがあったのでしょう。
私は気になって尋ねました。
「皆さんは、それぞれどんな風に出会ったのですか?」
三人の視線が私に集まります。そして、キャロルさんが代表するように答えました。
「大いなる魔女”ママ”と私は血の繋がった親子でね。そこからレイ、その次にアヤカと出会ったんだ。まずはレイの話からしようか。それとも、レイが自分で話す?」
キャロルさんがレイさんに視線を向けると、彼は頷き、話し始めました。
「そうですね。自分の話は自分で致しましょう。……恥ずかしい話ですが、私は幼少の頃、奴隷の身分でね。あぁ、王国が建った今でこそそういう身分はなくなりましたが、昔はあったのですよ。魔物と人間の混血である私は、特に良くない扱いを受けましてね。そのとき助けてくれたのが、姉上というわけです」
レイさんの表情が昔を懐かしむ様に、そしてどこか恍惚とした表情になります。……ん、恍惚?
「あの頃の姉上は大変素敵でした。まだ姉上も幼く、小さな身長が可愛らしい頃の話です。あどけない笑顔を幾度も私に向けてくれて、私の姉になろうと精一杯親身に接してくれた。その健気かつ慈愛を含んだ優しさを前に、私は感涙するしかありませんでした。――幼い女性というものは、かくも素晴らしいものなのか、と」
「えっ? えぇー!?」
もしかして、レイさんの幼女趣味は幼い頃のキャロルさんが原因だったのでしょうか。
キャロルさんの方を見ると、彼女はため息をついていました。
「よく懐いてくるから最初は喜んでいたのだけど、気づいたときには無類の幼女好きになってしまってたわ。単に私に懐くだけならまだ良かったのだけど、どうしてこうなったのか……」
「キャロルさんの優しさから、変な方向に悟ってしまったんですね」
「うん。幼女趣味を知ってから、矯正しようとちょっと距離を置いて接したけど、それも却って仇になったの。その時にはもう、私はある程度成長していたから。『やっぱり大人は優しくない。優しいのは幼女だけ』って解釈しちゃって……」
「あらら……」
それで初対面の子供に求婚してしまうような人になってしまったのか、と思うと悲しいものがあります。
深くため息をつくキャロルさんと、残念なものを見る目でレイさんを見る私、気持ち悪がっている表情のアヤカさん。それらが全て眼中に入っていないのか、それとも認識した上で気にしていないのか、レイさんは楽しそうに語ります。
「私は幼い女性の手が特に好きでしてね。奴隷身分から解放されて呆然とする私に、慣れない手つきで私の頭を撫でてくれた姉上の温かい手。出かけるときは必ず繋いでくれた柔らかい手。あぁ、あの柔らかさはそうですね――先日繋いだユエさんの手と同じような感じでした」
「え、えっと……」
なんだか危ない感じの視線を向けてくるレイさん。
困惑する私を庇うように、キャロルさんがアヤカさんに話を振りました。
「はいはい、レイの趣味はわかったから。じゃあ次はアヤカとの出会いね。アヤカも自分で話す?」
「私、身の上話とかするとそこの使い魔が『情が移ったんですね』ってからかってくるから嫌なんだけど」
「いいじゃん。どうせもうとっくに情なんて移っちゃってるんでしょ?」
「違いますぅ―! 魔界の王様はそう簡単に情が移ったりしませんー!」
拗ねた子供のように口を尖らせるアヤカさん。それでも、なんだかんだで話は聞かせてくれるようで、彼女は渋々といった風に口を開きました。
「まぁ、話してあげてもいいけど。私がお姉ちゃんに出会ったとき、お姉ちゃんはもう今と見た目が変わらないくらいの歳だった。前にも話したけど、私は言葉も通じないこの世界で四苦八苦していてね。幸い力だけはあったから、人間に悪さをする獣を狩って、その肉を食べてなんとか生活していた」
「随分野性的だったんですね……」
「私もそんなの嫌だったけどね、でも生きるためには仕方なかった。そんな時、出会ったのがお姉ちゃん。私の噂を聞いてやって来たみたいだった」
アヤカさんの言葉に、キャロルさんが補足を加えます。
「言葉が通じない少女が悪い魔物を狩って生活しているって話を聞いてね。ちょうど私達も人を襲う魔物を退治する旅に出ていたところだったから、同志になれるんじゃないかって訪ねてみたの」
アヤカさんは何かを思い出すように苦笑して、続きを話します。
「最初は私のところに来た目的がまるで分からなくって困ったものよ。なにせ、話す言葉が全然分からないんだもの。……でも、必死に身振り手振りで何かを伝えようとするお姉ちゃんを見て、私は思ったんだ。『言葉が通じない私にも、こんなに一生懸命交流しようとしてくれる人がいるんだ』って」
彼女は視線を落とし、微笑んで言います。
「それだけ。ただそれだけのことだったけど、どうしようもなく嬉しかったんだ。この世界に来て独りぼっちだった私は、寂しくもあったから。だから、例えこの人がどんな人でもついて行こうって思った。そしたら、予想以上に優しい人で、それがまたこの上なく嬉しくって……」
しんみりとした様子で、語るアヤカさん。少し涙も出たのか、目元を擦ります。
そしてキャロルさんの腕にしがみつき、私の方を見て言います。
「そういう訳だから、お姉ちゃんは私にとって世界で一番大切な人なの。だから、絶対に渡さないからね。お姉ちゃんは私のお姉ちゃんなの。使い魔の姉じゃないからね!」
「あっ、ズルいです! 私、姉がいないのでお姉ちゃん欲しいです!」
私も負けじとキャロルさんのもう片方の腕にしがみつきます。キャロルさんは困ったように笑っています。
レイさんはというと、羨ましそうな顔でこちらを見ています。
「ユエさん、姉上のような姉もいいかもしれませんが、私のような夫も良いのではないでしょうか」
「あ、そっちは要らないです」
「即答!?」
私の答えにレイさんは撃沈し、がっくりとうなだれてしまいました。
私はキャロルさんの腕の温かみを感じながら、呟きます。
「でも、レイさんもアヤカさんも、キャロルさんが大好きなんだってことが分かって良かったです。憧れの魔女さん達が、仲良し三人組だということが知れました」
しかし、アヤカさんとレイさんは私の言葉に反論があるようです。
「いや、このロリコン男とは一緒にされたくないんだけど。あと、特にレイとは仲良しじゃないから」
「レディ、私は幼い頃の姉上が好きなだけなのでお間違いなく。それと、アヤカとは特段仲が良いというわけでもありません」
「えぇー、そうなんですか?」
キャロルさんに尋ねると、彼女は苦笑しつつ答えました。
「なんだか昔からこの二人は馬が合わないのよね。子供嫌いと子供好き、魔界の王と人界の騎士、破壊と守護、妹と弟。そうした相反する部分が多いからかもしれないけどね」
「そうなんですか。あれ、でも……」
私はふとしたことを思い出し、鞄から七色に輝く「魔女と三人の弟子の物語」を取り出します。
確かこの辺のページにあったはず、と本をめくります。
「ほら、ここです! キャロルさんが負傷したとき、アヤカさんとレイさんで協力して敵を倒してたじゃないですか。それでも仲悪いんですか?」
該当する記述を指差して、二人に見せます。
すると。
「あれは負傷したお姉ちゃんを助けるためだったから、仕方なかったの!」
「あれは近くに住む幼女を助けるためだったので、仕方なかったのです!」
二人とも、まったく同じタイミングでそう言いました。
……案外この二人、仲がいいのではないでしょうか。
キャロルさんが笑って言います。
「あはは。まぁ、二人は険悪って程仲悪くはないから、大丈夫だよ。それより、わざわざ本持ってきてくれたんだ?」
「はい、時間があれば寝る前に読もうと思って。あっ、良かったら読み聞かせてくれませんか?」
「おっ、いいよ。あと、なんならサイン書いてあげようか」
「わぁっ、是非お願いしたいです!」
そして羽ペンを持ったキャロルさんに、流麗な筆致で書かれたサインを貰います。
「うん、こんなもんかな。よし、じゃあいつ寝てもいいような態勢になろうか。そろそろ良い時間だし、明日もあるからね」
「はい!」
「はーい」
「了解」
四人でそれぞれ寝る態勢に入ります。
キャロルさんは寝袋から腕だけ出して、本を読み始めました。
それは子守唄の様に心地よい声で読まれ、耳にすんなりと入ってきました。
しばらくは聞き入ってましたが、やがて瞼が重くなり、いつの間にか眠っていました。
聞いてるこっちまで優しく穏やかな気分になる、素敵な読み聞かせでした。
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