4-3
◇◇◇
「マナの泉」を歩いて二周し終える頃になると、すっかり日が暮れていました。
その頃には、木陰で休んでいた二人もある程度回復した模様です。
「お二人とも、大丈夫ですか……?」
夕食の準備をするキャロルさんを手伝いながら、二人に尋ねます。
ちなみに今日の夕食は、レイさんとアヤカさんがそれぞれ転移時に持ってきた食べ物を食べることになりました。
「おぉ、お心遣いありがとうございますレディ。その幼女成分たっぷりの優しさが我が身に染み渡り、些細な体調不良など吹き飛ばしてくれるようです」
なるほど。幼女成分が何かはよくわかりませんが、レイさんは元気そうですね。
一方でアヤカさんは、レイさんの発言に顔をしかめます。
「うわ、気持ち悪い。今の聞いて寒気がしてきたんだけど。あっ、これ美味しそう! いただき!」
「こら!」
アヤカさんはまだ並べている途中だった料理をつまみ食いをして、キャロルさんに怒られました。こちらも元気そうで良かったです。
「よし、準備できたよ。ご飯食べながら、明日の作戦会議をしようか」
キャロルさんがそう言ったので、各々「いただきます」と口にしてご飯を食べ始めます。
キャロルさんは私の方を一瞥して言います。
「じゃあ、まずはユエちゃんにも分かるように現状から説明していこうか」
「ありがとうございます」
「こういう説明も、私がユエちゃんに優しくしたことの一つ。そう言われたから、今後も続けようと思ってね」
「なるほど」
咳払いを一つしてから、彼女は「マナの泉」の方を見ます。
「ユエちゃんに見えてるという、大きな翼。今は『マナの世界』に本体があるから、ユエちゃん以外には見ることができないし、干渉することもできないの」
それから、今度は泉の周囲に刻んだ文字を指差します。
「ただ、翼を持った生物には干渉できなくても、『マナの泉』に干渉することは出来る。今日ユエちゃんと一緒に刻んだ文字で発動する魔術は、『マナの世界』に通じる穴を広げるためのもの」
「穴が大きくなれば、引っかかっていた翼が抜ける……?」
「うん。それで『マナの世界』に帰って貰えれば、全てが解決する。これが一つ目の作戦ね」
一つ目の作戦。つまり、まだ他にも作戦があるということでしょう。
レイさんも同じことを考えたようで、キャロルさんに尋ねます。
「それが最善なのは確かですが、私とアヤカを呼んだということは、一つ目の作戦だけでは済まない可能性も高いということですね?」
「そうね。『マナの世界』に帰ってくれる可能性もあるけど、私達が今居る世界の方にやって来てしまう可能性だってある。どちらに転ぶかは実際にやってみないと分からないけど」
そこで、キャロルさんは二本指を立てます。
「こちらの世界にやって来てしまった時、必要になってくるのが二つ目の作戦。翼を持った生物の本体がこちらの世界にやって来ると、こちらの世界の法則に縛られて、姿が見えるようになり干渉することも出来るようになる。そこでレイとアヤカの出番よ」
アヤカさんが手を挙げて、言います。
「あれでしょ。レイの杖で動きを止めて私の杖で仕留める、いつものパターンをやればいいんだよね?」
「うん、そうだね。ただ、今回の対象となる翼を持った生物は何も悪いことしてないから、気絶程度に留めてあげてね。気絶さえすれば、そのまま泉に落ちて『マナの世界』に帰っていくはずだから」
レイさんとアヤカさんはそれぞれ頷きます。
しかし、私は異論がありました。
「えっ、でもアヤカさんの杖で攻撃するってことは痛い思いをさせちゃうわけですよね。可哀想じゃないですか?」
「んー、それもそうなんだけど。この場でなんとかしないとお互い不幸なことになっちゃうから、そこは我慢してもらうしかないかなぁ」
キャロルさんの言葉に、私はアヤカさんが言っていたことを思い出します。
魔物が人間にちょっかいをかけると、後々お互い不幸なことになる。
それと同じようなことが――いえ、翼を持った生物は相当大きいと予想されますから、普通の魔物よりも大変なことになってしまうのかもしれません。
私もそうなることは望んでないので、頷きます。
キャロルさんは三本目の指を立て、説明を続けます。
「そして三つ目の作戦。これはアヤカの攻撃で気絶させられなかったとき、或いは何らかの予想外の事態が起こったときの作戦。その時は私が皆に指示を出すから、ちゃんと従ってね」
「了解」
「わかった」
レイさんとアヤカさんがそれぞれ了承の意を唱えます。
私も一応頷き、率直な感想を述べます。
「三つ目の作戦は、結構大雑把なんですね」
「まぁ、予想外のことが起きたときの作戦だから、前もって考えられることがないんだよね」
「あっ、それはそうですね」
苦笑するキャロルさんの言葉に、私は納得します。
そしてキャロルさんをフォローするように、レイさんが言いました。
「姉上はこう見えて頭の回転は早いですから、いざという時の対応もしっかりしてますので、そこはご心配なく」
「『こう見えて』って言うけど、どう見たって頭の回転が早い人でしょ?」
キャロルさんはそう言って皆の顔を見ますが、それぞれ目を反らしたり、ご飯に夢中な振りをします。私も曖昧な笑みを返すことしかできませんでした。
キャロルさんが優秀なのは今更疑いようがないですが、それでも普段の様子を見ている限り、「どこか抜けた部分のあるお姉さん」という印象は拭えないです。
「あれー? おかしいなぁ」
キャロルさんは頬をかき、話題を変えるためか、アヤカさんに聞きます。
「そういえば、アヤカはちゃんと『特殊実弾』も持ってきた?」
「持ってこなかったら怒られると思ったから、一応持ってきたけど……」
「よしよし、いい子だ。あれはあくまで保険だから、そんな心配しなくても大丈夫よ」
「特殊実弾」の話になって表情を曇らせるアヤカさんの頭を一撫でして、キャロルさんは宥めます。
そうして、夕食と共に作戦会議も終わり、明日の準備は終わりました。
日も完全に落ちて、キャロルさんが魔術で灯した明かりだけが暗い湖の周囲を照らしていました。
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