4-2
◇◇◇
お昼時になりました。
マナの泉の周りをちょうど一周し終えたときのことです。
キャロルさんが便箋を鞄から取り出して、言いました。
「そろそろ他の二人も呼ばないといけない時間ね」
「結構早くに呼ぶんですね。その便箋は何に使うんですか?」
「この手紙を転移陣で送って、二人に『そろそろ来て』って連絡するの」
「転移陣、手紙も転移させられるんですね! 私も何か手紙に書いていいですか?」
「うん、いいよ。じゃあ、手紙の内容はユエちゃんに任せようかな」
私は渡された便箋を広げ、何を書くか考えます。
まずはレイさん宛ての手紙です。「そろそろ来て下さい」という文言と、鎖の絵を添えました。
それを見たキャロルさんが言います。
「もうちょっとレイが喜ぶようなこと書いてあげたら? ハートマークつけるとかさ」
「えー、それはちょっと恥ずかしいです」
「お姫様抱っこまでしてもらった相手なのに?」
「そ、その話は掘り返さないでください!」
まったくもう。キャロルさんも人が悪いです。
でも、ちょっとした案が浮かびました。私は手紙に書き加えます。
「この手紙はユエが書きました」と。
「これで幼い女子から手紙を貰ったということが分かり、レイさんは大喜びするんじゃないでしょうか! これなら私も恥ずかしくないですし」
「なるほど。考えたね」
「あとは喜びすぎて手紙を食べたりしないかが不安なだけです」
「いや、流石に食べはしないと思うけど。多分、きっと……」
キャロルさんでも「絶対に食べない」と言い切れない辺り、レイさんの計り知れない変態性が伺えます。
次は、アヤカさんへの手紙です。
「アヤカさんの喜ぶこと……アヤカさんって何が好きなんでしょうね?」
「んー、私とか?」
「まぁ、確かにそうなんでしょうけど。自分で言ってて恥ずかしくないですか」
「ちょっと恥ずかしい」
特に他に好きそうなものが思いつかなかったので、簡単な文に流れ星の絵とキャロルさんの似顔絵を添えました。
キャロルさんは転移陣をさっと二つ描いて、私の書いた手紙をそこに乗せました。
そしてマナを注ぐと、転移陣が光って手紙が消えます。恐らくレイさんとアヤカさんの元に転移したのでしょう。
キャロルさんはそれを見届けると、魔王城の厨房で働く魔物の皆さんに作ってもらったお弁当を取り出します。
「じゃあ待っている間、昼食を摂ろうか」
「はい!」
魔王城で摂った食事は、今まで見たことのない料理が並んでいて、どれも刺激的なものでした。
広げたお弁当の中身も、よくわからない食材が使われています。
「キャロルさん、これ何のお肉か分かります?」
「んー、わからないなぁ。でも美味しいよ」
「そうですね! 謎のお肉を食べるのはちょっと不安ですけど、アヤカさんが普段食べてるものでしょうから、そんな変なもの入ってはないと信じます!」
「……いや、その根拠はあまり信じられないけど。あの子食べ物に関しては無頓着なところあるから、ちょっと怪しい」
「なるほど……」
またもや残念情報を知ってしまいました。もはや彼女は残念要素の結晶です。
そうして昼食をゆっくりと楽しんでいましたが、アヤカさんとレイさんは一向にやってくる気配がありません。
「お手紙、ちゃんと二人に届いたのでしょうか?」
「遅いのは、多分覚悟する時間が要るからだね」
「覚悟?」
「ユエちゃんだって、歯医者さんに行くとき緊張して覚悟がいるでしょ。それと一緒だよ」
「なるほど……?」
例えはとても身近で分かりやすいものでした。歯医者さんの魔力で動くドリルは怖くて仕方ありません。ですが、どうして転移するのが歯医者さんと同じなのかについてはよく分かりませんでした。
そして丁度その時、地面が光りました。
「王城より……推参っ! 聖騎士団が……長……!」
現れたのは、全身に銀の鎧を纏ったレイさんでした。しかし、何故か息も絶え絶えです。
「はいはい、無理しなくていいから一休みしましょうねー」
キャロルさんは木陰に何かの魔法陣を刻み、そこにレイさんを寝かせます。魔法陣が書かれた場所の草が揺れていないところを見ると、風除けの魔術でしょうか。
続いて、再び地面が光りました。
「ほげっ!」
謎の奇声と共に、アヤカさんが現れます。ですが、既にこちらは気絶状態のようです。
そのまま地面に倒れそうになる彼女を、キャロルさんが抱きかかえ、レイさんの隣に寝かせます。
「こんな感じで、半日は使い物にならないから早めに呼び出しておかないとなんだよね」
「どうして二人はこんなにぐったりしているのですか? 私は転移してもこんな風にはなりませんでしたが……」
「転移陣は体の全部を分解して再構築する魔術だって前に言ったよね。だから、構成要素が多い人、特に人より長生きしている人には辛い魔法なんだ」
「そうなんですか」
キャロルさんは意識が戻った様子のアヤカさんに水を飲ませながら、続けます。
「特にアヤカは魔術の影響を受けにくい体だから、特別仕様の転移陣が必要で、その分負担も大きいんだよね」
「あっ、だからアヤカさんに描いた転移陣は大きめだったのですね」
「うん、そうだよ」
「あれ、でもキャロルさんも長生きですよね。転移に関しては平気そうでしたけど……」
王城で体調を崩していたときはありましたが、あれはどちらかと言うと転移陣によるものというよりは、お城に入ったことが原因のようでした。
キャロルさんは答えます。
「私はまぁ、特別だから」
そういえば、アヤカさんが転移魔術はキャロルさんの得意魔術だと言っていました。そして、キャロルさんは魔術を極めた結果長生きできるようになったとも。
そこら辺が理由として関わってきているのでしょうか。
キャロルさんは立ち上がり、私の方を見て言います。
「よし、二人の回復を待つまで、準備を進めようか! 散歩を続けるよ!」
「『マナの泉』の周りは一周しましたけど、まだ準備必要なんですか?」
「うん。さっき回ったところよりも外側を、あと二周する必要があるね」
「な、なるほど!」
一日掛かると言っていた通り、準備は大掛かりなようです。私は歩きながら何を話そうか考えてたら、良い事を思いつきました。
「あっ、そうだ。良かったら歩くとき、手を繋いでくれませんか?」
「ん、いいけど、どうしたの?」
「手を繋いで歩いたら、仲睦まじい姉妹みたいじゃないですか? 私、兄弟姉妹がいないから、そういうのちょっと憧れるんです」
「そっか。じゃあ、手繋ごうか」
キャロルさんは微笑んで私の手を握ってくれます。それは私の手より少し大きくて、頼りがいのある温かい手でした。
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