3-5

◇◇◇


「あっ! あの大木のカラスが止まっている場所の辺りです! 強くて黒い光が見えます!」


 人型の魔物が住む集落のはずれの、鳥たちが群生する大木に破片があるようです。


「あー、あれは多分カラスの巣ね。使い魔さぁ、貴方を杖に乗せた状態でぶん投げるから、破片取ってきてくれない?」

「えっ!? そんな無茶苦茶な!」

「冗談よ。使い魔に何かあったら、私がお姉ちゃんにこっぴどく怒られちゃう。私が取ってくるから、ちょっと杖から降りてくれる?」

 

 私は冗談だったことに安堵しながら、言われた通りに杖から降ります。


「じゃあ危ないかもしれないから、そこで待っててね」

「はい!」


 そしてアヤカさんは大木の方に歩いていきます。

 すると、木の上の方から大きな影が現れて、彼女を襲いました。


「げぇー! ワイバーンじゃん! 面倒だなー」


 見た感じ、アヤカさんを襲ったワイバーンは木を守っているようです。

 もしかしたら、子供が木の上の巣に居るのかもしれません。


 アヤカさんはワイバーンの襲撃を躱しつつ、杖を鈍器として振り回します。

 しかし、ワイバーンは襲撃しては空中へと上がるので、なかなか杖が当たりません。


「……このっ!」


 痺れを切らしたのか、アヤカさんは石を拾い上げます。どうやら石を投擲しようとしているみたいです。

 でも、私はそれに制止を促しました。


「や、やめてください!」

「ん? 何よ?」

「その、私達が勝手にお邪魔しようとしてるわけですし、木を守ろうと頑張ってるワイバーンを傷つけたくないので……!」

「ちっ、これだから子供は!」


 舌打ちしつつも、石を投げるのはやめてくれたようです。

 傷つけずになんとか現状を打開する方法はないのかと考えると、少し前の記憶が浮かびました。


「アヤカさん、クラーケンの時みたいに会話とかできないんですか?」

「無理! こいつは言語を解する能力を持たないもの。あっ、でも、傷つけなきゃいいのよね?」

「そうですけど、酷いことはしないでくださいね!」


 アヤカさんは鞄からベルトの様に何かが連なった物を取り出し、白銀の杖の横に取り付けます。


「ちょっと驚かせちゃうけど、それくらいは許してよね!」


 彼女は、杖の先を何もない宙空に向けました。

 そして取っ手を回し始めます。


、発射ー!」


 するとどうでしょう。

 杖の先端から、極小の赤銅色の尾を引く流星群が放たれたではありませんか。

 アヤカさんが「ガトリングガン」と呼んだそれこそが――


「――”流れ星の魔女”が持つ、『白銀の星の杖』!」


 私は思わず、そう口に出していました。

 これが、”流れ星の魔女”と呼ばれる所以なのですね。


 連続する爆音に驚いたようで、大木から一斉に鳥やワイバーンが飛び立ちます。

 アヤカさんはその隙をついて走って木に登り、カラスの巣のところまで行って戻ってきました。


「破片、取り戻せましたか?」


 私が尋ねると、アヤカさんは手に掴んだものを笑って掲げます。

 杖の核となる黒い水晶、その最後の破片が確かに其処にありました。


◇◇◇


 帰りの道中、私はアヤカさんが放った流れ星を思い出しては感激していました。


「流れ星を出せる杖だなんて素敵ですね! というか、杖使えてましたよね。核が壊れて使えないはずじゃあ……?」

「あぁ、あれは実弾を使ったのであって、この杖の真価は魔力で練った弾を撃てることにあるの。核が無いと魔力の弾を撃てないんだよね」

「へぇー。じゃあ、核が直ればもっと凄いのが見れるんですね!」


 私は、期待に目を輝かせます。

 真価を発揮しない時点でも格好良かったのに、真価を発揮してしまったら一体どんなことが起きるのでしょうか。


「いや、期待してるところ悪いけど、見た目はそんな変わらないよ。弾が変わるだけだから」

「えー、残念です。やっぱりアヤカさんって時々残念ですよね」

「なんだとこのチビ使い魔め」

「アヤカさんは私の事使い魔扱いしますけど、年を取らない誰かさんよりはよっぽど人間らしいと思うんですけどー」


 そんなことを言い合いながら、私たちは魔王城への帰途を進んでいきます。

 そこで、今自分が言ったことを振り返って、気になってたことがあったのを思い出しました。


「そういえば、アヤカさんが年を取らないのは『元々居た世界が違うから』だって言ってましたけど、キャロルさんとレイさんはどうして年を取らないんですか?」


 大いなる魔女と三人の弟子の物語は、少なくとも王国の建国前から始まる物語です。つまり、少なくとも数百年前のお話です。

 それだけの間年を取らないというのは、どういう絡繰りなんでしょう。


「お姉ちゃんは魔術を極めた結果で、レイの野郎は年を取る速度が極端に遅いだけで、年は取ってるよ。レイは魔物の血が入っているからね」

「へぇー! レイさん、全然そうは見えませんでしたけど」

「魔物の血が混じったのは何世代か前だから、血も薄まってきていて、外見じゃ殆ど分からないはずね」

「なるほど」


 それから、私たちはしばらく無言になりました。別に気まずいという事はないのですが、なんとなく話を続けたくて、つい話題を探してしまいます。

 その時、遥か上空で大きな鳥が鳴き声を上げました。


「あっ、私、魔物と話してみたいです! どうやったら話せるようになりますか?」

「うーん、かなり難しいかなぁ。私はこの世界の言語を覚えるために必死こいた時期があったから、その応用で魔物とも話せるようになったけど」

「えっ、元の世界と使う言葉が違うんですか」

「そうよ」


 それは完全に盲点でした。

 言語が通じない世界で言葉を覚えて話せるようになるために、一体どれだけの苦労をしたのでしょう。

 そうした苦労をせずに、魔物と話したいと願うのは些か傲慢だったかもしれません。


「アヤカさんって、苦労人だったんですね……尊敬に値する気がします」

「実際に尊敬に値する人間よ、私は」

「時々残念なことを除けば、ですけどね」

「なんだとこのチビ使い魔め」


 そろそろ使い魔扱いにも慣れてきました。……慣れちゃいけないんでしょうけど。

 でも、なんだかんだでアヤカさんと話しているのは楽しいです。

 私の話すことに対して、率直な思いを言葉に乗せて話してくれてるのが感じられるからでしょうか。

 

 そうして話している内に、魔王城が近くなってきました。

 アヤカさんとの破片探しの旅も、これにて終了。

 キャロルさんの待つ魔王城へと、私達は帰還しました。


◇◇◇


「そんなの動物避けか姿隠しでいいじゃない」


 大木にあった破片を取ったときの話をすると、キャロルさんは開口一番そう言いました。

 しかし、アヤカさんは頭を振って、答えます。


「いや、そんな器用なこと私にできないよ」


 やはり魔術に精通しているのはキャロルさんの方で、アヤカさんはあんまり得意ではない模様です。


 キャロルさんが作業をしていた部屋を見ると、禍々しい大きさの紫色の転移陣が描かれていました。

 杖の核である黒い水晶は、半分まで綺麗に修復されていました。


「まぁ、ちゃんと破片持って返ってきたからなんでもいいけど。作業の合間に『特殊実弾』作ったから、『マナの泉』に行くときは持ってきてね」

「これは”あの時”の……! もう、私これ撃たないからね! 砲身の中の掃除が大変だし、そりに、それに……」


 「特殊実弾」と呼ばれた赤い弾を見て、アヤカさんは泣きそうな表情になります。

 何かコレにまつわる悲しい出来事が、過去にあったのでしょうか。

 キャロルさんはアヤカさんを宥めつつ言います。


「まぁまぁ。あくまで保険よ保険。踏んで壊しちゃダメよ」


 それから、キャロルさんの修復作業は夜まで掛かりました。

 長い距離を歩いたこともあって、私は夕食後にすぐに寝てしまいました。

 アヤカさんの配下の魔物さんが用意してくれたベッドはとてもふかふかで、ぐっすりと眠れました。


◇◇◇


「じゃあ、準備が終わったら呼ぶから来てね」


 翌朝、

 キャロルさんは大きな転移陣を指差しながらアヤカさんに言いました。

 アヤカさんは、苦虫を噛み潰したような表情で答えます。そういえばレイさんも転移陣を嫌がっていましたが、何か嫌な理由があるのでしょうか。


「うぅ……歩いていっちゃダメ?」

「駄目。歩いたら半年はかかる距離でしょう?」

「私なら、一ヶ月でいける!」

「明後日には決着つけなきゃだから。ユエちゃんのご両親とそう約束したの」

「明後日かぁ……じゃあ仕方ないね。うん……」


 そうして、私とキャロルさんは一旦アヤカさんに別れを告げて、一足先に「マナの泉」に転移しました。

 キャロルさん曰く、準備が必要だからだそうです。

 

 これから、この地に大いなる魔女の三人の弟子が集結します。

 「マナの泉」の問題。それを解決するための旅が終局を迎えようとしていました。

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