3-3
◇◇◇
「まさか使い魔が”魔眼保持者”だとは思わなかったなぁ……」
「だ、誰が使い魔ですか! 私はユエって言う名前の人間です!」
私とアヤカさんは、魔王城を出て魔界を歩いていました。杖の核の破片を見つけるためです。
スライム退治の時のように、私はキャロルさんの羽ペンを使った化粧を施されています。 今回の化粧の効果は、目を閉じることでぼんやりと独特の色の方向を探ることができるというものです。
「杖の核の破片は黒色の光に見える」とキャロルさんに教わりましたが、確かに或る一方向だけ、黒い光が見えます。その方向に向かって私達二人は歩いていきます。
でも、私達の間にはあまり良くない空気が漂っています。というよりアヤカさんが私を真っ当に扱ってくれない感じです。
私は理由もなく無碍に扱われるのは嫌だったので、単刀直入に聞いてみます。
「なんで、アヤカさんは私に対して冷たいんですか?」
「私、子供が好きじゃないの。お姉ちゃんは皆に優しいし、レイはロリコン変態野郎だから優しくしてもらえたのかもしれないけど、私は特に優しくしないからね」
「むむぅ……優しくしてくれなくてもいいですけど、使い魔呼ばわりはやめて欲しいです。ところで、『ロリコン』ってなんですか?」
「あー、こっちの世界じゃ通じない言葉だっけ? ま、いいや。『幼女趣味』って意味よ」
「……?」
「ロリコン」という言葉の意味は分かりましたが、アヤカさんの言い方が少し気になりました。
しかしそのことを尋ねる前に、アヤカさんが呟きました。
「せっかくお姉ちゃんと久しぶりに会えたんだから、お姉ちゃんも一緒に来られたら良かったのになぁ……」
「久しぶり、なんですか?」
「うん……」
小さく頷くアヤカさんの横顔はなんだかとても寂しそうでした。
キャロルさんに会った時に号泣するくらいですし、きっとキャロルさんのことをとてもよく慕っているのでしょう。
私は先程の小さな違和感など忘れて、どう声を掛けたものか悩んでしまいました。
キャロルさんは今、杖の核の魔術行使による補修を行うために魔王城の中で作業をしています。
アヤカさんが応急処置として施した樹脂のりでくっつけるやり方では、欠片が見つかっても本来の杖の機能を取り戻せないそうです。
私達が魔王城を出るときには、キャロルさんはその樹脂のりをペン先で削る作業をしていました。
なんでも、杖の核は過度な熱に弱いので熱して樹脂を溶かすのは難しいとか。
とにかくそうした作業があり、キャロルさんは私達には同行できませんでした。
「えっと、じゃあ、早く破片を見つけちゃいましょう! そしたらキャロルさんのいる魔王城へ戻れますよ!」
結局、悩んだ末にやっと出せた言葉はこれでした。
少しは励ましになっているといいな、と思いつつアヤカさんの表情をそっと見ます。
「ふん、使い魔のくせに変な気遣いしないでよね。……でも、そうね。さっさと破片見つけて、お姉ちゃんに会いに行こっか!」
彼女は微笑みながらこっちを見て、そう言います。
私が気を使ったのはバレてしまったようですが、アヤカさんが明るい表情になって良かったと思います。
アヤカさんは、歩みを早めて言います。
「早く行こう! のろのろと歩いている暇はないよ!」
「あ、待ってください! たまには方向が合ってるか確認しないと……えっと、合ってます!」
私は一度目を閉じて、黒い光の見える方向と今進んでいる方向が一致しているのを確認します。
しかし、目を閉じたまま歩くと危ないので立ち止まる必要があり、アヤカさんが苛立った様子で言います。
「ほら、杖の上に乗っていいから。毎度立ち止まってたら、日が暮れちゃうじゃない」
「わっ、大事な杖なのにいいんですか? ありがとうございます! なんだかんだ言って、優しいんですね」
「は? 優しいとかじゃなくて、効率よく移動するためだから。馬鹿なこといわないで」
「じゃあ、そういうことにしてあげます」
「なんで上から目線なのよ。やっぱ乗せるのやめようかしら」
そんなことを言い合いつつも、彼女が担ぐ大きな筒状の杖に乗せてもらいます。
視点が一気に高くなり、景色を広く見渡せるような感じがしました。
「わぁー。凄い高いです! 背の大きい人ってこんな風に景色が見えてたんですね!」
「ふん、所詮子供ね。こんな程度のことで喜ぶなんて」
「あっ、今馬鹿にされた気配を感じましたよ!」
「だって、馬鹿にしてるもの」
「ぐぬぬ……!」
杖に乗せてくれて、「ちょっとは優しいところもあるんだ」と思っていた矢先にこの憎まれ口です。全然可愛くないです。
やっぱりこの人は偽物の”流れ星の魔女”さんなのではないだろうか、などと真剣に考え始めたところ、視界の端に海が見えました。
「あっ、海! 海ですよアヤカさん!」
「海ぐらい珍しいものでもないでしょ。使い魔は内陸に住んでたの?」
「いえ、海沿いに住んでますけど……魔界の海に用があるんです! ちょっと寄ってくれませんか?」
「はぁ? 早く破片見つけて帰るって話だったじゃない。海に寄ってる暇はありませーん」
「そう言うとは思ってましたけど、すぐ終わりますから! ”この子”を魔界の海に帰したいんです」
私は鞄から、小さなケースを取り出しました。
その中には、乳白色のカエルが入っています。
「これ、破片を探す道中で魔界の海に立ち寄れるチャンスがあるかもしれないから、キャロルさんに頼んで渡して貰ったものなんですけど……」
「お姉ちゃんに? カエルを? ……あぁ、いや、待って。わかったかも。それ、元は何かの魔物とかでしょ?」
「わっ、察しが良いですね! そうです。この子、元々クラーケンだったんです」
そう、このカエルはキャロルさんが私の家にやってきた時に見せてくれた、クラーケンだったものです。
アヤカさんが、低めの声音で言いました。
「カエルに変えちゃう魔術は、転移魔術に並んでお姉ちゃんの得意魔術だからね……」
何やら怖い思い出があるようです。キャロルさん、一体何をやったんでしょうか。
カエルに変える魔術にまつわる話も気になるところですが、今はアヤカさんを説得して海に寄らねばなりません。
「このカエルになったクラーケンさんは、キャロルさんにカエルに変えられるまで、私達の街の港で暴れてたんです。魔界の海から慣れない環境に流れ着いてしまって、元の場所へ帰りたくて暴れてたんだと思います。だから、魔界の海に帰してあげたいんです」
キャロルさんが言うには、ケースを開いてしばらくするとクラーケンに戻るそうです。だから、クラーケンに戻した状態で海に帰したい。
そのことも併せて伝えました。
私はなるべく真摯にクラーケンさんの心情を推し量って言ったつもりだったのですが、アヤカさんは肯定してくれませんでした。
「子供らしい勝手な想像ね。そのカエルが、魔界の海に帰りたいと思ってるとは限らないじゃない」
「それは、そうですけど……」
「魔界の海にはクラーケンの天敵となる魔物だって居る。そのカエルは望んでないのに魔界の海に帰されて、そのまま天敵にやられて死ぬ可能性だってあるのよ?」
「うぅ……そう、ですね……」
アヤカさんの反論に、ぐうの音も出ません。
実際はクラーケンさんは真逆のことを考えていたのに、私の思い込みで酷いことをしてしまう可能性がないとは言い切れません。
でも一方で、ケースの中でずっと生活させたり、ましてや私の住む城下町の港に戻すわけにはいきません。
私はアヤカさんの杖の上で揺れながら、どうしたものかと考えて、しばし沈黙しました。
そこで、アヤカさんが発言しました。
「要は、本当に相手の為になるか考えてから行動しろってこと。そのことをちゃんと理解したなら、協力してあげる」
「え? どういうことですか?」
「ふふん、使い魔に天才アヤカ様の特技を見せてあげるって言ってるの」
そう言って、アヤカさんは不敵な笑みを浮かべるのでした。
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