3-2

◇◇◇


 それから私たちは応接室らしき部屋に通されました。

 道中通った魔王城の中の通路と同じく、この部屋にも禍々しい魔物の彫刻や絵画が飾られています。

 その中でも特に怖いガーゴイルの石像をなるべく視界に入れないようにしつつ、私は静かに”流れ星の魔女”さんを待ちます。

 キャロルさんはというと、先程聞いた”流れ星の魔女”さんが引き篭もっているという話が気になっている様子です。


「キャロルさん、”流れ星の魔女”さんが心配なんですか?」

「そりゃ心配だよ。さっき彼女が魔王だってことは説明したけど、魔王である以前に魔女だし、私の大事な妹だからね」

「……なるほど」


 私は”流れ星の魔女”さんが魔王だと聞いて以来、「可愛くて強い”流れ星の魔女”さん」のイメージと「怖くて強い”流れ星の魔女”さん」のイメージが混在していて、どちらのイメージを抱いて会えば良いのか分からなくなっていました

 でも、今のキャロルさんの言葉を聞いて、少し安心しました。

 キャロルさんが「大事な妹」とまで言う人ならば、きっと良い人なのでしょう。

 私の脳内で、「可愛くて強い”流れ星の魔女”さん」が「怖くて強い”流れ星の魔女”さん」に打ち勝ち、Vサインをしています。

 

 そんなことを考えていると、私達の居る部屋の扉が勢い良く開きました。

 現れたのは、十八歳くらいの見た目の女性でした。


 髪を短く二つに結っていて、不思議な服装をしています。

 水兵さんが来ているような服装で、でも女性らしく可愛らしいデザインに纏まっているようでもあります。こ、これが魔王の服装なのでしょうか……!


 その女性はキャロルさんに視線を向けて、泣きそうな表情で言います。


「おっ……お姉ちゃん……!」


 キャロルさんを「お姉ちゃん」と呼んだということは、この人が”流れ星の魔女”さんなのでしょうか。

 それから女性はキャロルさんの方に駆け寄り、縋り付くように号泣します。


「会いたかった、会いたかったよぉ……! あの時は私のせいで……ごめんなさい……」

 

 それに対し、キャロルさんは慈しむような表情で女性に語りかけます。


「よしよし。寂しい思いをさせちゃったみたいだね。だけど、は誰のせいでもないし、こうして戻って来られたから、もういいの」

「お姉ちゃん……!」


 彼女はひとしきり泣きました。

 そして、ようやく女性が泣き終わった頃を見届けて、キャロルさんが私に教えてくれました。


「この子が”流れ星の魔女”アヤカだよ」

「”流れ星の魔女”さん……!」


 なんとなくそうだと予想していましたが、実際にそうだと言われるとドキドキしてしまいます。

 だって、憧れの”流れ星の魔女”さんが、すぐ目の前に居るのです。

 先程まで泣いていたこともあり、なんて声を掛けたらいいのか分からず躊躇ってしまいます。

 すると、アヤカさんは私に気づいたようで、口を開きました。


「なにこれ、お姉ちゃんの新しい使い魔?」

「ふぇ?」


 アヤカさんは私の頬をつまみました。

 キャロルさんが慌てて制止します。


「あっ、ちょっと! やめなさい」

「あはは! 見て! すごい伸びる!」


 アヤカさんはそのまま私の頬を引っ張ります。

 痛いです。


「こら! あぁ……もう、怯えちゃったじゃない」


 見かねたキャロルさんがアヤカさんを引き離してくれました。

 私はキャロルさんの陰に隠れ、頬を擦りながら言います。


「なっ、”流れ星の魔女”さんはこんなことしません! 貴方、さては偽物の”流れ星の魔女”さんですね?」

「……えいっ!」

「こら!」


 二度目の頬をつまむ行為に、私の中での”流れ星の魔女”さんのイメージはガラリと覆されたのでした。


◇◇◇


「――へぇー。要はその翼を持った生物をなんとかすればいいんでしょ?」


 私とキャロルさんは、『マナの泉』で起こっていることをアヤカさんに話し、協力を依頼していました。

 アヤカさんは概ね理解してくれたようです。

 キャロルさんが聞きます。


「それで、手伝ってもらえるかな?」

「任せといてよ! 壊すのだったら誰にも負けな――あっ」


 アヤカさんは自信ありそうな表情から言葉を止め、固まります。


「あー。うん、えーとね……」


 彼女は何か言い淀んでいる様子です。


「ちょっと用事を思い出したというか、そんな感じで参加できそうにないかなーって」

「ん、用事? 何があるの?」

「いや、その、用事といいますか。ほら、んーとね」


 キャロルさんの質問に、アヤカさんは視線を彷徨わせます。

 それから、頭の後ろを掻きながら彼女は言いました。


「あ、そうだ。ほら、魔王としての責務ってあるじゃん? 魔物の統治とか、書類仕事とか。そういう仕事がいーっぱいあるんだよねー。だからちょっと無理というか、ね?」

「貴方、魔物の統治はともかく、書類仕事は全部部下に押し付けてるはずでしょう」

「うっ」


 キャロルさんの鋭い指摘に対し、”流れ星の魔女”さんはギクリと身を固まらせます。

 あからさまに怪しい様子です。


「じゃ、じゃあ――」


 アヤカさんが何か言いかけたところで、半眼で視線を向けるキャロルさんが言い放ちます。


「嘘つきはカエルに変えるわよ」


 その言葉を聞いたアヤカさんの反応は素早かったです。

 即座に神妙な表情をつくり、観念した様子で言いました。


「わかりました。包み隠さず事情をお話したいと思います」


 ◇◇◇


 「実物を見せた方が早い」とアヤカさんに連れられて私達がやって来たのは、物が雑多に散らばっている部屋でした。


「うわ……どうやったら自分の部屋をここまで汚くできるのよ」


 キャロルさんが顔を顰めて言います。

 どうやらここはアヤカさんの私室のようです。また一つ、”流れ星の魔女”さんへの印象が変わる事実を知ってしまいました。


「あはは……それでね、実はこの水晶が、ね」


 困ったように笑みを浮かべながらアヤカさんが拾って見せてきたのは、黒い球体のようなものでした。

 アヤカさんが水晶と言ったそれは、完全な球体ではなく一部が欠けています。

 キャロルさんは驚いて言います。


「ちょっと! それ”杖”の核じゃない!? なんで欠けてるのよ」

「それが、その……寝ぼけて踏んで割ってしまいまして……」

「何やってるのよ……」


 キャロルさんは完全に呆れ返っています。

 私は”杖”という言葉に心当たりがあったので、キャロルさんに聞きます。


「あの、杖って”白銀の星の杖”のことですか?」

「そうよ。で、杖を使うにはその黒い球が必要になるんだけど……」

「壊れちゃってるみたいですね」

「うん」


 物語に出てくる三人の魔女はそれぞれ杖を大いなる魔女”ママ”から譲り受け、その杖を使って活躍したといいます。

 キャロルさんが持つ杖は転移陣を描いたりする例の羽ペンで、物語の中では「小さな羽根付きの銀の杖」と呼ばれていました。

 また、レイさんの持つ杖は鎖で、物語の中では「柔らかくて長い杖」と呼ばれていました。


 アヤカさんの「白銀の星の杖」がどんなものかは分かりませんが、重要なアイテムであることは確かです。


 アヤカさんは申し訳なさそうに言います。


「ごめんねお姉ちゃん。お姉ちゃんの頼みなら行きたいんだけど、杖が使えないから役に立てそうにないんだよね」

「それで困って引き篭もってたのね……杖が使えなくて大変だったでしょう?」

「いざという時は、鈍器として使ってた」

「はい?」


 思わずといった様子で聞き返すキャロルさん。

 アヤカさんは部屋に置いてあった銀色の大きな筒のようなものを持ち上げ、それを振りながら平然と言います。


「いや、だから、こうやってこの杖を鈍器として使って魔界を統治してたの。杖の核はともかく、杖自体は頑丈だからね」

「はぁ……まったく貴方はそういうところ無茶苦茶よね」


 再び呆れた様子でキャロルさんはため息を付きます。

 どうやら、アヤカさんが今持っている大きな筒のようなものが、「白銀の星の杖」みたいです。

 キャロルさんは、しばらく考えてから言います。

 

「レイに修理を頼めばよかったじゃない。あの子もああ見えて結構器用よ」

「ううっ、それはちょっと……アイツはなんか苦手っていうか……」

「変なの。同じトカゲのスープを啜った仲なのに」

「あと、これまたちょっと言いづらいんだけど……」

「何?」


 アヤカさんは頬を掻きながら言います。


「杖の核の破片が一個足りないんだよね……部屋中探したんだけど、出てこなくって……」

「なんでよ。部屋の中で割っちゃったんでしょ? どこかにあるんじゃないの?」

「派手に破片が飛び散っちゃって、その時窓も開いてたから、多分外に飛んでっちゃったんだと思う……」

「うーん、破片が全部揃わなきゃ、私でも修理は難しいわね。でも直さないと、『マナの泉』の件手伝えないって言うし――あっ」


 そこで、何か閃いたようなように手を叩き、私の方に視線を向けます。

 あ、もしかしてこの展開は。


「ユエちゃん、力を貸してくれる?」

 

 私の持つ魔眼の力。その出番が、またやってきたようです。

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